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鬼道さんと円堂さんは「さん」って付けずにいられない

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 俺達は少し歩いて適当に目のついた飲み屋に入り、二人して適当に酒を頼んで久しぶりとグラスを合わせる。そして無言で一口二口と唇を濡らしていると、豪炎寺がゆっくりと口を開いた。賑やかな店に不似合いな静かなトーンだ。

「鬼道……お前は、妹に彼氏ができた時、どう思った」

 豪炎寺の言葉に俺は小さく眉を動かした。
 さり気なく会話を誘導するということが上手くない豪炎寺はそれがわかっているのか、いつだって唐突に話を始める。だけど簡潔にまとめられたそれは決して的外れではないのだ。
 こんな風に回り道をするような話し振りは珍しいと言える。まぁ、内容が内容なのでしょうがないのかもしれないが。
 俺はこの一言で豪炎寺の言いたいことはわかってしまっていた。

 だけど相談というのは話を聞くことが最も重要であり、先を急いだ結論を突き付けるのは得策ではない。たとえそれが同じ結論なんだとしても、その過程が重要なのだ。
 だから俺は簡潔に聞かれた問へと答える。

「春菜は俺には男ができても言わんから知らん」
「な、なんだと……!? 気にならないのか!?」

 面白いように慌てる豪炎寺という珍しいものを見て俺は口元を歪めるが、豪炎寺はそんな俺の態度はまるで気にならないようだった。まぁ、元々皮肉の類が有効な相手ではないんだが。
 内側に溜め込んだ動揺を隠そうともしない豪炎寺に、俺は諭すように口を開く。

「豪炎寺……知らない方が幸せなということもあるんだぞ」
「どういう……ことだ?」
「ふ……、春菜の彼氏なんぞ知った日には消さないでいられる自信がないからな」

 俺の言葉に少しだけ目を見開くと豪炎寺は手元のグラスへと視線を落とす。そして俺達の周りを言いようのない沈黙が取り巻き、店の喧騒から隔離するようだった。

 俺の言葉をどういう風に消化しているのか、黙って動かなくなった豪炎寺を見ながら手慰みにグラスを回し氷でカラカラと音を立てる。
 しばし固まっていた豪炎寺の指先がピクリと動いたかと思うと豪炎寺が顔を上げた。

「消さないのか?」
「…………知らないものはどうしようもできないだろう」
「知ったら消してもいいと思うか」
「豪炎寺」

 俺が名前を口にすると一瞬だけ間を置いて豪炎寺が再び口を開く。

「夕香が彼氏を連れてきたんだ……」
「……そうか」

 その一言で俺は豪炎寺の気持ちを全て受け止めた気がした。
 ずしりと重く身体の中に落ちたそれはどろりと腹に溜まり内臓を蹂躙する。俺でさえこうなのだから、実際その状況に身を置いた豪炎寺の気持ちはいかばかりだろう。想像するだけで胃が痛くなりそうだ。

「礼儀正しく感じが良かった」
「…………そうか」
「サッカー部のエースストライカーだそうだ」
「………………サッカー部か」

 俺の独り言のような呟きに豪炎寺は律儀に頷くと更に続けた。

「帰った後、普通にしてたけどすっごくお兄ちゃんのファンなんだよと夕香が嬉しそうに笑っていた」

 心中複雑だっただろう。夕香ちゃんは元々サッカーが好きで、豪炎寺と結婚すると言い出しそうなぐらい豪炎寺のことをかなり慕っている。そんな彼女だからこそ兄と同じエースストライカーとしてサッカー部で活躍している奴に惹かれたんじゃないだろうか。
 豪炎寺はその辺りのことがわかっているのかいないのか、微妙な表情をしているが。まぁ、実際そうだったとしても感情がついてこないことに変わりはないだろう。
 既に俺の相槌は期待していないのか、怖いぐらい淡々と豪炎寺は続けた。

「フクさんは夕香は見る目があると言っていた」

 フクさんには俺も何度も会っていて、豪炎寺を見ているから夕香ちゃんの目も肥えているとでも言いたかったんだろうなと推察できる。

 その後もフクさんと夕香ちゃんの会話は続いたようで、豪炎寺が会話の内容を話しくれながら、だけど説明しつつも俺よりもずっと早い速度で次々にグラスを空けていく。そんな豪炎寺を見ながら俺はそろそろ止めるべきなのかなと思った。

 豪炎寺は酔っ払うと外見的はまるで変わらないのに言動がおかしくなるので、本当だったらそうなる前に止めたいところだ。
 酒を飲み始めた頃のあの一件は豪炎寺の酒癖を知らなかったこともあり一番最悪だったように思う。円堂と三人で飲んでいて豪炎寺が真顔でサッカーボールを取り出しておもむろにファイアトルネードを繰り出したのだ。
 赤くなって気持ち良さそうに酔っ払う円堂の隣で淡々と缶を開けていく豪炎寺は全く顔色も変わらずおかしな素振りもなかったので俺達は気付かなかった。まさか豪炎寺がかなり酔っ払っていただなんて。
 まぁ、幸いなことに酔っていたせいで技はきちんと発動しなかったが、エースストライカーの脚力は通常時でも桁外れだ。綺麗に窓ガラスを粉砕した。
 物凄い音がして円堂のご両親がいっせいに部屋へと雪崩れ込んできて、床に転がる空き缶と無残に砕けた窓ガラス、そして吹き込む冷たい風に一瞬で状況を理解した円堂の母親に俺達三人こっぴどく叱られたのは消し去ってしまいたい思い出だ。

 まぁ、サッカーボールさえなければ真面目におかしなことを言い出す豪炎寺は面白いのでそこまで害はないのだが、どうなるかわからないのでそれ以降、俺と円堂は豪炎寺と飲む時はあまり飲ませないようにしていた。どのラインでおかしくなるのかはわからないので意味があるかどうか怪しいところだったが。これも性質が悪い理由と言えるんだろうな。

 そんな訳なので、本当だったらいつもよりもペースの速い豪炎寺なんて窘めたいところなのだ。
 だけど。
 黙々と酒を消費していく豪炎寺を横目に俺は今日は仕方がないなと腹を括り、俺は苦笑しながらグラスを傾けた。





2011.02.06