エデンの壁
俺はナターリヤの言う通り変態だから、エリザの腫れあがった顔にだって欲情する。
髪を撫で、切れた唇の端に口づけると、女は痛がって顔をしかめた。
「…その顔、悪くねえな」
エリザが目を閉じたままうつむいて小さく、変態、となじる。
変態で良かった。
ローデリヒがけして知らないエリザの顔。この顔を愛するのは、この世界に俺だけでいい。
布団の中にもぐりこみ、まだ寒がって震えるエリザを抱いて暖める。
抱きしめて寝ているだけで良かったが、痛み止めで夢うつつのエリザは自分から俺を引き寄せ、受け入れようとした。
「…あのなあ。じっとしてろバカ」
「だって、さむい」
そう言いながら、何枚も重ねた毛布の中で服を脱ぎちらす。言っていることが矛盾している。ため息をついて、俺も脱いだ服をベッドの下に蹴り出した。
寒さで鳥肌がたった裸の肌は、互いに触れ合うことで次第にじんわり温まって、なめらかになる。体温を分け与えるようにして手のひらで暖めながら、痣だらけの身体を痛がらせないようにゆるく抱きしめた。
あったかい、目を閉じたままエリザがすこし唇をゆるめる。
こども体温、イタちゃんみたい。聞き捨てならないことを言う。ちゃんと目が覚めたら問いただしてやると思った。
思えば、昔は焦ってひどい抱きかたばかりしてきた。
だが今、この完璧に外から分断され、何一つ邪魔の入らない壁の中、激しくする必要などひとつもない。
ガキの頃からことあるごとにやってきたようにごく自然につながって、ただじっと互いの熱を感じる。俺はエリザベータが相手なら、こうしているだけで何度でも達することができた。
北の国の異常に長い冬の夜に甘え、俺たちはつながってうつらうつらしながら色々な話をする。
ふと廊下で会った女のことを思い出し尋ねてみた。
俺が来たときに既に施されていた応急手当。まさかとは思うがあの女の仕業なのだろうか。
「わからないわ。起きたらもうこの状態だったから」
でも違うと思うわよ。ねむそうに目をしょぼしょぼさせながら、エリザがうなる。
「けっこうな喧嘩しちゃったし」
「ナターリヤと?なんで」
「…第一声が『東ドイツの野郎がお前の身体を褒美に寄越せと言ってきてる。ゲルマン豚はお前の大好物だろう。股開いてせいぜい奉仕しろ』…だったんだもの」
黙るしかなかった。
「そ、その…大丈夫だったのか」
「肋骨二、三本やられたけど、あっちの脚と腕も一本ずつ使い物にならなくしてあげたし、結局引き分けかな」
怖い。こいつら怖い。聞くんじゃなかったと思う。
「『兄さんに何度も楯突く程のあの誇りはどこにやった売女』って、怒ってたわ、あの子。…わたし、嫌いじゃないな。可愛いわ、真っ直ぐで」
「…お前の言う゛可愛い゛だけは何百年たっても理解できねえよ」
そうかしら、と笑ってから、エリザは両手を伸ばして俺の髪をぐしゃぐしゃかき回してくる。
からかうような声で、カワイイカワイイと言って撫でるから、抗議の印にゆるくその鼻先に噛みついた。