こらぼでほすと 逆転
「・・ええ・・・まあ・・でも、そろそろ身体は楽になってるので、療養というのは、そろそろ切り上げてもいいと思うんです。」
「ドクターは、まだ、無理だと判断したから、きみの宇宙行きは許可しなかったんだろ? 」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。回復が遅いから、低重力下での行動を危惧したのだ。そこに身体が慣れてしまうと、今度は地上での活動ができなくなる。それが許可されなかった表向きの理由だ。
「幸い、うちには部屋は余っているし、きみは、家に帰っても退屈だと言うなら、ここにいても同じことだ。・・・・そうだな、私の食事の相手をしてくれればいい。ここんところ、シンが学業が忙しくて相手をしてくれなくてね。」
シンとトダカが、義理の親子だというのは、ロックオンも聞いていた。同居は最初からしていないらしいが、シンがたまに帰って来るからという理由で、部屋を用意しているらしい。
「じゃあ、俺が寝かせてもらった部屋って、シンの? 」
「ああ、たまに帰ってきたら、あそこで寝ているよ。」
たまに、親衛隊のものが寝ていることもあるから、客間みたいなものだ、と、穏かにトダカは笑っている。たった一人で、この家に住んでいるのは寂しいのだろうか、と、ロックオンは、ふと思った。部屋があるが、それが埋まることはない。ひとりで、ここで暮らすのと、自分が部屋に戻って、ひとりで寝るのは同じように思う。
「一人だと退屈しないですか?」
「退屈か、たまに退屈することもあるが、寂しいとは思わないな。そんなことを言おうものなら、親衛隊が毎日、押しかけてくるからね。」
トダカを慕っている親衛隊の面々というのは、昨夜も、そんな感じだった。兎に角、トダカの役に立っているのが嬉しいというのが、よくわかった。そんなふうに慕われるだけのものが、トダカにはあるのだろう。
「きみだって、刹那君がいるじゃないか。・・・きみが、通信で、「逢いたい」 と、送れば、あの子も速攻で戻ってくる。うちのシンだって、そうだからね。」
ふと、顔が見たいとメールすれば、シンは、夜の食事に必ず現れる。別に、何か話す用件があるわけでもないのだが、それでも、ちゃんと戻って来て、一緒に食事する。時たま、レイも一緒に現れて、賑やかになることもある。だから、寂しいなんてことはない、と、トダカは続ける。
「そこまでは懐かれてないだろうし・・・それに、あいつは仕事で出かけているから、それが終らないと無理ですよ。」
「あはははは・・・認識が甘いな。あの子は、うちのシンより甘えん坊だ。今も、寂しいと思っているだろう。あの子は、きみの不在が余程怖かったんだろうね。」
それについては、ロックオンも否定はしない。復讐のために、全てを置き去りにしたのは自分だ。そのために、刹那が、あんなに安心感に飢えた。それは、自分の暴走が生み出した結果だろう。そのまま消えていれば、刹那も諦められた。だが、生きているから、余計に怖くなったとも言える。
「それはそうですね。」
「三蔵さんにも説教されたんだろ? 」
「叱られました。」
「そういうことだ。だから、きみは身体を休ませて、元の状態に近いところまで回復しないといけない。そうでないと、刹那君も落ち着いて、離れられないから。・・・・どうも、年寄りは説教くさくていけないな。まあ、そういうことだから、適当にしていなさい。」
午後遅くに軽い食事をして、それから、その客間で、ゆっくりと寝かせて貰った。確かに、回復は遅くて、夜になっても頭痛が取れないから、動くのも億劫だった。居間のソファに寝転んで、テレビを見ていたが、うとうとしていたらしい。ガタガタと音がするので飛び起きたら、シンとレイが部屋に入ってくるところだった。すでに仕事の時間になっている。あれ? と、声に出したら、「パシリです。」 と、シンに宣言された。
「パシリ? 」
「うん、そう。キラさんが、絶対に食事を抜くだろうから届けて来いって。・・・爾燕さんが適当に作ってくれたヤツと着替え。」
俺らも一緒に食べるから、と、食卓に、それらを並べ始める。そして、レイは、「これ、漢方薬らしいんですが、八戒さんからです。食前に一気に飲んでください、とのことです。」 と、おどろおどろしい色の液体が半分ほど入っている小振りのペットボトルを差し出した。
「げっっ。」
「胃薬というか二日酔いのクスリなんで、苦いそうです。」
「レイ、それを、冷静に解説してくれると、飲む気が失せるんだけどな。」
「たぶん、俺のほうが力は強いですから、飲まないと拒否されるなら、力ずくで飲ませて来るように、と、キラさんからの指示がついています。」
「・・・・飲みます・・・・」
すらっと冷静に、そういうことを口にされると、黙って飲むしかない。というか、どんな指示出してやがんだよ、あの天然電波と内心で罵ることはする。匂いからして苦そうだが、黙って一気飲みする。すかさず、台所へ走り、水をがぶ飲みはした。それでも苦さが消えないという強烈な代物だった。
「とうさんがさ、ロックオンさんが居ると楽しいって言うから、しばらく、ここに居れば? 」
口直しに食事しようと、食卓についたら、シンから、そう言われた。
「はあ? 迷惑だろ? だいたい、酔い潰れて運んで貰ったんだぞ? シン。」
「俺だって、たまに運ばれてるぜ? 朝から二日酔いの顔で、とうさんに逢うと、すっげぇー笑われるんだ。『コーディネーターなのに、なんで、そんなに弱いのかなあー』って爆笑でさ。」
今、学校の提出物が重なってて、ここに帰れないから、俺としてもちょうどいいんだ、と、シンは言う。
「同居すればいいんじゃねぇーのか? 」
「いや、なんていうのかな。ずっと一緒っていうのも、なんだかなあーなんだよ。でも、やっぱ気になるんだ。」
「親子なのに? 」
「でも、俺、とうさんの養子になったのってさ。十三ぐらいだったから、最初、すっごい他人行儀になっちゃってたし、すぐに、プラントの訓練校へ入ったもんだから、どうしていいのかわかんなかったんだよな。」
「今は違うんだろ? 」
「やっと、とうさんと向かい合えるようにはなったけどな。」
「苦労してんだなー、シンも。」
「刹那も似たようなもんだろ? 刹那には、ロックオンさんがいるから、今は同じようなものだ。レイも俺もいろいろあったけど、乗り越えてみると普通に喋れるようになるんだよな。」
「『吉祥富貴』で親が存命なのは、少数ですからね。・・・ロックオンさん、全然、食べてないんですが? キラさんの指示を実行してもよろしいですか?」
癖のある笑顔で、レイが微笑むので、ロックオンは溜息を吐きつつ、食事に手をつける。胃に優しい中華粥というのは、別荘に居た時も食べていたものだ。あっさりしていて喉越しもいい。世間話しつつ、自分の分として割り振られたものは食べることができた。漢方薬が効いているのか、頭痛も少し楽だ。
「じゃあ、俺らは行くけど、ゆっくりしててください。」
「キラと八戒さんによろしく言っといてくれ。」
作品名:こらぼでほすと 逆転 作家名:篠義