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ナツノヒカリ【水栄】

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 オレはへらりと笑って、手に息を吐きながら言う。
「進級できたらね。」
「うわ、ひっでぇ!」
 冗談混じりに言う栄口に、オレも大袈裟に返す。
 栄口との、こんな他愛ないやりとりが、好き。一緒に過ごす時間のあたたかさも。栄口の案外素直に感情が表に出てしまっているその表情も。全部――好き、だ。
 ……二年生、か。二年生から文理別クラスになるうちの学校では、理系のオレと文系の栄口が同じクラスになることはまずない。部活だって――
「新入生、たくさん来るかなぁ…」
「そだね、夏大、結構勝ち上がってるし。そこそこ来るんじゃないのかなぁ。」
 夏大で、一年生チームとしては異例の結果を残してしまった西浦高校野球部は、それなりに知名度も上がってしまい、きっと四月にはたくさんの新入部員が入ってくるんじゃないかと思う。
 そしたら。副主将なんて役職についていて、世話焼きな栄口は間違いなく新入部員の相手で忙しくなるだろう。『友達』であるオレとの時間はぐっと減るってことくらい、オレだって予想できる。
 ……オレ、もう我慢できないよ、栄口。
 今だって、自分の気持ち抑えて抑えて、これでいいんだって、自分に言い聞かせて。ただの友達だってわかっている泉や巣山にだってヤキモチ妬いて。オレが栄口の一番だって、一生懸命形にしようともがいてさ。
 見てるだけで、満足――そのはずだった。
 でも、もうすぐ二年生で。オレと栄口を取り巻く人間がぐっと増える。それに合わせて希釈されるみたいにオレと栄口の関係が薄まるの、オレはイヤだよ。
 いつも『また明日』の挨拶を交わす三叉路。ここだって、二年生になったら二人じゃなくなるんだろう。そう思ったら、オレの足は自然と止まっていた。
「…水谷?」
 急に止まって俯いてしまったオレを。栄口が訝しげに振り返る。
「どうか、した…?」
 心配そうにオレの顔をのぞき込む栄口の、榛色の瞳と視線が重なって。
「さ、かえぐち…っ、」
 オレは唸るように、掠れた声で栄口の名前を呼ぶと、それまで押していた自転車が倒れるのなんて構わずに、栄口を抱きしめた。
 ずっとずっと、自分を戒めてきた。触れちゃいけない。この想いは知られちゃいけない。
 でも、もう限界。
 オレの腕の中の栄口の体温、息遣い、匂い。
 そういったものがオレの頭の中を真っ白にする。
 抱きしめた耳元で、消え入りそうな声で呟く。
「…好き。…栄口が、好き、なんだ…、」
 もう、好きなんて言葉だけじゃ足んないくらい、想いは大きく膨らんで。
 栄口が悪いんだ――なんて、ウソ。オレが勝手に焦ってる。揺らぎそうな君の隣というポジションに。
「…も、ヤなの。『友達』なんて。栄口のこと、ぎゅってしたい。触れたい。――そんなの、友達じゃないでしょ?」
 言いながら、ぎゅ、と栄口を抱きしめる腕に力がこもる。
「…み、ずたに…ッ、」
 苦しそうな、絞り出された声に、オレははっとして腕の力を緩める。そのタイミングで、どんって強く突き飛ばされて。オレと栄口の間に距離があいた。
「や、だ…ッ、」
「……っ、…ごめ…ん…っ」
 栄口は、今にも泣きそうな顔をして、何かを堪えるみたいに胸をぎゅって押さえてた。
 ごめんね、ずっと親友だって、そう思ってたよね? 裏切られたって、男同士で気持ち悪いって思った? でも、オレも、これ以上ウソは吐きたくなかったんだ。
「…な、んだよ、それッ……、」
 短い前髪をくしゃりと掴んで。涙声の、栄口の悲痛な叫び。
 泣かせるつもりなんてなかったのに。
 ――ああ、あの夏と同じだ。
 肩を震わせる栄口の、その背を撫でて抱きしめてしまいたかったけど。今は、触れることすらかなわない。
「……ごめん、帰るね。」
 耐えらんなかった。誰よりも笑っていて欲しい大切な人を、泣かせているのは自分、だ。
 オレは倒れたままになっていた自転車を起こすと、サドルに跨りペダルに足をかける。
「……水谷っ、」
「好きになっちゃって、ごめんね。…でもオレ、本気、だから。」
 オレは、泣き笑いの表情でそれだけ栄口に告げると、後ろは振り返らずに足に力を込めた。
 願わくば、栄口のその涙が早く乾きますように、と。そう祈りながら。



 あれは、告白…だったんだよな、やっぱり。
 耳の奥に残る『好きだ』という毅(つよ)い声。
 ホンの一時間前のことだというのに、どこか夢現(ゆめうつつ)で、まるで現実感がなかった。
 水谷の、思いのほか強い腕。その中で感じた水谷の熱、匂い、鼓動。その様々がオレの中の何かを灼き切って、溢れ出たのは涙だった。
 ずっと、好きだった。傍にいたいと願っていた。二年生になったら、今以上に一緒にいられる時間は減っていって。緩やかに流れていた二人の時間を失うのが恐かった。
 それでも、想いを伝えようだなんて、思えなかった。だって、一緒にいる時間が減ったってなんだって。水谷の隣に自分がいられなくなるほうがずっと恐ろしいことだろ?
 けれど、水谷が踏み出した一歩、オレに差し出されたその手で。大きく二人の関係は変わろうとしている。
 ……いいんだろうか。本当に水谷は、それでいいの? 男同士だなんて、もうそこからオレらが生きる世界から大きく外れてるんだよ。ずっと一緒に居たいと思ったって、それを大っぴらに認めてくれるところはないんだよ。それで、いいの? 大切な家族、仲間。みんなを悲しませるかもしれない、ううん、失ってしまうかもしれない。
 自分一人だけならともかく。水谷にそんな人生(みち)を歩かせるだけの勇気、オレにはないよ。
 携帯の受信メールボックスを開く。
 いつもならしつこいくらいに寝る前に来てたメールが、今日は来てない。
 ……まぁ、無理もないよな。
 水谷のヤツ、『ゴメン』ばっかりでさ。
 ……今頃、後悔してるんだろうか。
 水谷の言葉を、想いを信じるならば。アイツだって、今まで随分思い悩んだはずだ――オレと同じように。
 そこから、いろんな壁をぶち抜いて、オレに想いを告げたお前に。オレもこの想いを告げるべきなんだろう。
 将来のこととか、なんだとか。考えるのは、それから…だよな。お前のことだから、『大丈夫だよ』って根拠もなく笑ってくれる気がするんだ。
 オレは窓から随分高くあがっている月を見上げた。
 今、お前は何を思ってる? 泣いてないといいな。意外とお前泣き虫なんだよな。
 明日。ちゃんと伝えよう。いろんなモノを乗り越えて、想いを告げてくれたお前に。オレの気持ちを。オレも、お前が好きだよ、って。





 身体が、重い…。昨日、どうしてあんなことしちゃったんだろう。オレを突き飛ばした時の、栄口の怯えた表情(かお)が脳裏に焼き付いて離れなかった。
(――朝練、行かなきゃ…、)
 重い身体を引きずって、なんとか家を出る準備を始める。
 なんでこんな日に限って朝練あるんだよ。シーズンオフだから、夏の時のような無茶苦茶な時間からの練習はない。どっちかっていうと、オレらはまだ一年だってこともあって、身体つくりのメニューが中心だ。…だからって休んでいいって理由にはなんないけど。
作品名:ナツノヒカリ【水栄】 作家名:りひと