ナツノヒカリ【水栄】
結局オレはできるだけ栄口に会わなくてすむように、練習にぎりぎり間に合う時間に家を出た。
「はよっ、」
「…おはよー、」
挨拶されて、返すだけは返した。栄口の目…赤い。泣いた、のかな。それとも眠れなかった? ココロが、痛い。
「あのさ、水谷――」
ちょっと緊張した声で栄口がオレの名を呼んだ。でも、オレと栄口との間に少し距離があったのを言い訳に、オレは聞こえないフリをして。グラ整のためにグラウンドへと出てしまった。
振り返っちゃいけない、って思ったから、栄口が傷ついた表情(かお)をしたことにも、オレは気づけなかった。
朝練の後も、なにかとオレは栄口のことを避けてしまった、と思う。ホントは、周りのヤツらにおかしいって思われるから。普段通り振る舞うのがいいって、オレだってわかってんだけど。
今までの栄口とオレとの距離が近すぎた。『親友』という関係にしても、それは度を越えていたのかもしれない。
「水谷、お前らケンカでもしたの……?」
着替えの時。オレのシャツの裾をくいくいと引っ張って訊ねてきたのは泉だ。泉と三人でわいわいやることも多かったから、気になったんだろう。
「んー、ちょっと。」
「…珍しーな、お前らがケンカなんて。しかも結構重症じゃね?」
そう言って、泉は心配そうな顔をする。
「…なんでそう思うの。」
「栄口が、泣きそうな顔してる。――部活にそういうの持ち込むヤツじゃないのに。」
確かにどんな時だって、誰にも栄口は涙を見せない。――オレを、のぞけば。
「お前らって、お互いに好き同士なんだと思ってたんだけど。」
ぽろりと呟かれた言葉にオレはどきりとする。好き同士って――栄口はともかく、オレの気持ち、バレてた…?
「う、えっ?! い、ずみっ、なんで…ッ、」
「いや、だって? 友達にしたって一緒に居すぎだろ、お前ら。」
そ、うだった…? 確かに泉はまわりのヤツのことよく見てる方だとは思うんだけど。
「栄口だって、そんなことわかってるはずなんだけどな、」
言われて、ちらりと栄口の方を盗み見る。栄口は栄口で、ちょうど巣山に『栄口、今日おかしいぞ…? どうかした?』って訊かれているところだった。
栄口は困ったように笑って、『なんでもない、よ。大丈夫だから、』って。ウソだ、眉八の字になってんじゃん。
ふっとこっちを見た栄口と、バチリと目が合う。ああ、そんなに辛そうな、泣きそうな顔をしないで。…オレは思わず目を伏せた。
朝練さえやり過ごせば。一組と七組だ。帰りの練習までは顔を合わせずに済むだろう。そう思っていた…のに。
昼休み。オレは花井と昼飯を食おうと、コンビニの袋を机の上に開けたところだった。
「水谷、いる…っ?」
ちょっと高めの、オレの大好きな声。今は少し硬いけれど。間違いない、栄口だ。
思わず逃げ腰で、腰を浮かしかけたオレの腕を、栄口が有無を言わせず掴む。
「花井、水谷借りるね。」
「え? あ、あぁ。かまわねーけど。」
ここで駄々こねたらオレが花井におかしいって思われる。オレはぐっと唇を噛んだ。
「水谷、…いい?」
いつになく真剣な目に、射竦められる。
「…うん。」
オレは観念して頷いた。
手を引いていかれた先は部室だった。
部室の鍵を開ける栄口の背中に。
「副主将の立場をこんなふうに使うわけですか…」
オレはぼそりと呟いた。
「…うるさい。」
声が。泣きそうなだけじゃなくって。どうやら栄口には珍しく怒っているらしい。
「オレ、今すげームカついてんの。」
ドアを開けると、目だけで中に入るように示される。のろのろとオレが部室に入ったのを見ると、栄口は後ろ手で部室の鍵を閉めた。
「お前、何、人のこと無視してんの。……ふざけんなよ。」
「フザケてなんか――」
「昨日あんなこと言っといて?」
うっ、と言葉に詰まる。けど。自分にやっぱりウソはつけないし。
オレはすっと息を吸うと。ありたっけの想いを言葉にのせる。
「…だって。…好き、なんだ。栄口が。ホントに。…今更親友になんて、戻れない。今までと同じようになんて、できない。だから――」
だからせめて、距離を置いて欲しかった。オレが、早く諦めつくように。
「なんでだよ!」
栄口が声を荒げる。滅多に聞かない、栄口の大きな声に、オレはビクリとする。
「なんで勝手に自己完結するんだよ! お前、一方的に好きだっつって、オレの話聞こうとしないじゃん、」
え…? それって、どーいう――
朝の泉の言葉が頭を過(よ)ぎる。
『お前らって、お互いに好き同士なんだと思ってたんだけど。』
そんな、都合いいことあるわけないだろ…?
何を言っていいかわからずに口だけパクパクして。栄口を見つめれば、その大きな目にみるみるうちに涙が溜まって、必死に泣くのを堪えているのがわかる。
「…さかえ、ぐち?」
「オレ、男同士なのに、こんなのオカシイ、って。ずっと、自分に言い聞かせて。でもそれでも。お前のこと、すげー好きんなっちゃって。」
…今、何て言いました…?
「昨日のだって、驚いたけど、嬉し、かった。だから、オレもちゃんとお前に、気持ち伝えなきゃって。なのに、お前朝からオレのことシカトするし、」
ぽかんと呆けてただ栄口を見つめるオレは、いったい今どんな間抜け面してんだろ。
業を煮やした栄口が、オレをきっと睨んで叫んだ。
「だからっ、好きだっつってんの! ばか水谷ッ!!」
そのまま踵を返して部室を飛び出そうとした栄口を、オレは慌てて捕まえる。
「ちょ、待って…!」
今、逃げられたら、ホントにこのまま終わってしまう気がして。オレは栄口を掴む手に力を込めた。
「好きって…。オレが言ってんのは、友達の好きじゃないんだよ?」
「……わかってる。」
背を向けたまま俯く栄口の肩を掴んで。オレは半ば強引に自分の方を向かせる。
まっすぐに栄口の目を見つめると、栄口もちょっと困ったような顔をして、オレの目を見つめ返してきた。
「オレが言ってる『好き』は、抱きしめたいとか、触りたいとか、……そのっ、キス、したいとか、セックスしたいとか、そーいうの全部入ってるんだよ?」
「せ、……ッ!」
栄口はオレの口から出た露骨な言葉にうっすらと頬を染めてる。
――それでも。
「……わかってるよ。オレも、おんなじ『好き』だって言ってる。」
「――ホントに?」
本当に、いいの? 栄口。オレ、信じちゃうよ? その言葉。
「何度も言わせんなよ…っ、」
ぐっと拳を握りしめて、真っ赤になって俯いてしまった栄口の、顎に指をかけ上向かせる。
「――ッ、」
目の縁まで赤く染めて、涙目でオレを見る栄口を、心底愛しいと思う。
「栄口…、すき…だいすき。」
オレは栄口だけに微かに聞こえるように囁くと、そのままそっと栄口の唇に自分のソレを重ねた。
かさついた唇に触れる。あったかくて、熱が流れ込んでくる。
「……ん、」
ずっと、こうしてたい気持ちに駆られたけど。オレはゆっくりと唇を離した。
耳まで赤くなって俯いてしまう栄口の手をぎゅっと握る。
「…栄口、震えてんの?」
俯いている栄口の顔をのぞき込んで訊ねると、栄口は両腕で顔を覆ってしまった。
作品名:ナツノヒカリ【水栄】 作家名:りひと