愛の劇薬
04
僕は、臨也さんのことをずっと優しい人だと思っていた。
その考えは今も変わっていない。臨也さんは優しい。臨也さんの優しくない、非人道的な側面も幾度か目にしたけど、それでもそう思い続けている。臨也さんは僕に対しては常に親切である。僕自身のことも、ダラーズのこともよく気にかけてくれる。(もっとも、そこにどれほどの打算がつまっているかなどは、帝人に想像できるはずもない。)
「どうしたらいいのかなあ…」
けれど、臨也さんが示す優しさの根源には僕と同じ感情は無かったということだけは、知った。
恋人として1日を過ごし、今日は2日目。たった1日一緒にいただけなのだが、その1日で十分過ぎるほどに僕は臨也さんの愛を体験したのだ。
恋愛感情としての愛、そして優しさは、今までの比にならないほど重く苦しい。
体中に枷をつけられたように、臨也さんの愛が圧し掛かっている。押しつぶされそうなほどの愛は、尽きることなく降り注ぐ。愛に窒息するとは、何とも贅沢なことだと思う。
臨也さんに本当の意味で愛されるというのは、こういうことを指すのだ。だから、今まで臨也さんが僕に向けていた優しさは愛情ではなかった。愛されれば愛されるほど、そのことを思い知ってしまう。
「帝人君、アイス買ってきたよ!」
「ありがとうございます、臨也さ……多くないですかそれ!?」
「どの味が好きか分からないから、とりあえず全部買ってみた」
「電話すればいいじゃないですか!」
「だってすぐ買って戻りたかったんだもん」
両手にアイスの入った袋を提げたまま、臨也さんが抱きつく。
暑苦しいなあという思いと、抱きつかれてることの嬉しさ。こんな関係でいられるのもあと僅かの時間なのだから、臨也さんのどんな行動も受け入れられる。
「帝人君帝人君、大好きだよ、俺は君のことを愛してる!だから帝人君も、思う存分俺を愛してくれていいんだからねっ!」
「嬉しい、んですけど、公衆の面前でそれは恥ずかしいので…もう少し、控えめに……」
「どうして控える必要があるのさ」
「いや、だから恥ずかしいんですってば!」
「俺のどこが恥ずかしいわけ?」
「うううううう…」
「ふふーん、俺の勝ちー!ってことで俺はまた帝人君への愛を叫びます。帝人君ラブ!俺は本当に、本気で、竜ヶ峰帝人君のことを愛してるっ!世界で一番愛してるー!」
「や、やめっ!やめてくださいってばああああ!!」
騒ぐ臨也さんには、これといった違和感はない。
唐突に僕のことが好きになったという違和感は勿論あるのだけど、それ以外は至って普通だ。だから今のところ誰も怪しんでいる人はいない。…むしろ、なんというか、同情的な視線を向けられることのほうが多い気がする。なぜだろうか。
取り返しのつかないことをしてしまったという、自覚はある。3日間が終われば、僕と臨也さんの関係は完全に決別してしまうのだから。それでも、一生届かない手が届くのなら、構わないと思ってしまった。臨也さんの意思なんて完全に無視して、僕は僕の利己的な感情だけで動いた。その報いは、ちゃんと受ける。
「…………ごめんなさい、臨也さん」
「ん?何か言った?」
「いいえ」
にっこりと笑う。小さく呟いた謝罪は、臨也さんの耳には届いていない。この謝罪はあくまで僕の自己満足に過ぎない。だから、聞こえていなくていいのだ。僕は、臨也さんに謝る資格なんてないのだから。
「帝人君、次はー…」
「あれ、お前確かあの時の!」
ぽん、と肩を叩かれて振り返る。そこに立っていた人物は余りにも予想外の人で、僕は我が目を疑った。
「To羅丸の…」
「よっ!あの時はありがとな。今日はノンいねえんだけど、代わりに礼言っとくわ。こないだはちゃんと言ってなかった気いするからよ」
ストローハットを被った、比較的大人しそうな服の男。以前顔に巻かれていた包帯は無くなっている。そのため一瞬誰かなのか理解することができなかったのだが、よくよく見れば、確かにあの事件のときの…、今後の竜ヶ峰帝人を方向付けたとも言える人物に相違なかった。