こらぼでほすと 逆転3
世界が変わったら、その咎は受けるつもりだった。けど、変わったものの完全ではないし、おそらく、組織は継続していくだろう。変わり続ける世界に対して、それを黙って見ているだけでは、咎を受けたことにはならない。途中でリタイヤするという選択肢があったことを知らなかったから、今後どうしていいのかわからない。一番楽な方法は、刹那が安定するまで使えない。だが、何かしらできないだろうか、と、考えている。
そんなことを、つらつらと話していたら、アマギのほうは、困った顔をして、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き回した。
「そんなに自分を追い詰めてしまったら、逃げ場がなくなる。」
「逃げ場はいりませんよ。それだけのことはやったんだ。」
「まだ早い。・・・いや、そういう考え方はよくない。世界の必要悪として、CBは存在するのだと、私は思っている。そこに所属する人間が、一個人で取れる責任なんて有りはしないだろう。」
CBに限らず、どこかの組織体に所属する一個人が、その所属する組織体の行うことについて責任を取るというのは不可能だ。それが、今も存続しているとなれば、なおさらだ。
「でも、俺は。」
「きみが、何をしようと、それで組織の行っていることに対して責任は取れない。悪く言えば、きみの奢りだ。・・・さらに、身も蓋もない言い方をすれば、きみは組織の『実行者』という歯車のひとつでしかない。歯車が壊れたから、と、言って、組織は、それを新しいものに入れ替えるだけのことで、その歯車に、『これが、今まで動いていた歯車だ。』 と、世界に公表する価値はない。・・・そういうことだ。」
アマギたちだって、軍人でありながら、軍の規律に背いて、アークエンジェルに協力した。本来は、軍規違反で銃殺ものの罰だが、戦後の混乱を利用する形で、そのままの地位にいる。結果として、それでオーヴは守られたのだが、アマギだって、そのことについて、多少、罪の意識はあった。さすがに、トダカだけは、引責で軍を辞めたが、それも理由としては体調不良ということになっている。自分たちもついていこうとして止められた。今後、オーヴ軍を建て直すために尽力しろ、と、トダカは叱ったのだ。歯車としての価値が残っているなら、その役目は果たせ、とも言われた。だから、トダカ親衛隊は、そのまま軍に所属している。それらを説明して、アマギは頬を歪める。
「トダカさんが、そう命じたから、我らは、それを遂行している。だが、きみも同じことだろうと思うんだ。きみには命じてくれる上司がないから、自分で決断するべきだろうがな。」
「・・・俺・・・復帰は無理そうですが、そういう場合は、どーすんですか? 」
「最前線で戦うだけが、歯車の役目じゃない。他のことをすればいい。我らだって、完全に復帰できたものとできなかったものがいる。MSに乗れなくなったものは、後進の指導とか、部署を変えて復職している。同じ場所の歯車である必要はないんだ。」
「・・はあ・・・」
納得がいかないという顔で、ロックオンは頷いているのが、アマギにはおかしい。同じような遣り取りが、自分たちにもあったからだ。若いとどうしても極端に突っ走る。生か死か、というような極論に走りがちだ。だが、そうではない。中庸の考え方もあるのだとわかるのは、経験が長くなってきてからだ。組織体は存続する。だから、一個人の生死で、その責任は取りきれるものではない。それならば、その組織の存続のために働くことのほうが重要だ。存続していく上で、変えられるものはある。経験したことを次に引き継いでいけばいいのだ。
「個人が殺人を犯すという単純なことではないんだよ、ロックオン君。きみが考えているのは、そういう単純な責任の取り方だ。」
どういうふうにするのがいいのか、そこまでは、アマギにも判断できかねるから、その言及は避けた。まだ、それについて本格的に考える時期でもなさそうだ。
一際、大きな風の音がして、窓がビリビリと震える。そろそろ、中心に近づいているのだろう。かなり大型の台風だから、暴風雨も激しい。普通の窓なら割れしまうほどの衝撃だが、ここでは問題ない。外からの狙撃や爆発に備えて、強度の高い防弾ガラスが、全室に埋め込まれている。歌姫の別荘だから、セキュリティーは最高級レベルだ。
病人が、ゆっくりと手を上げて、窓を指した。
「・・あん中に、刹那たちはいる・・・俺も、あそこにいました。けど、俺は、あそこには戻れないが、あん中にいる刹那たちに、何かしてやれるってことですか・・・・」
「そういうことだ。雨風除けは、できなくても、こちらに戻って来たら、濡れた髪を拭いてやることはできる。」
「さすが年季の入った軍人さんは言うことが違う。」
「経験してきたから、言える。」
「・・・そうですね・・・」
くくくく・・と、ロックオンは苦笑して、それから、アマギに背を向ける格好で、窓のほうへ身体を横にした。同じ場所に立てないかもしれない。いや、おそらく立てないだろう。宇宙へも上がれない自分に、何ができるのだろうか、と、考えていると、クスリが効いてきたのか、眠気がやってくる。とりあえず、このぐたぐだな身体を、どうにかしないと、先のことは考えられないな、と、思った。
柔らかく身体を揺すられて、意識が戻った。はっきりしない頭で、目を開けると、少し薄暗い中にトダカの顔があって、「見て、ごらん。」 と、窓のほうを指差している。言われるままに、そちらへ視線を移すと、少し薄暗い茜色の静かな世界が、そこにはあった。
「・・・あれ・・・・」
「台風の目に入った。きみは、見たことが無いらしい、と、アマギが言うので起したんだ。」
血に染まったような静かな世界は、風もなく、雨も降っていない。ただ無音の静かな世界で、静かに暮れて宵闇に変りつつある。
「・・・静かだ・・・」
「これが三十分くらい続く。それから、揺り返しがくる。・・・・気分はどうかな? アマギに苛められたんだろ? 」
「・・・いや・苛められては・・いませんが・・・」
「それならよかった。」
部屋のほうは、薄暗くて、外の明るさがわかる。ゆっくりと、暮れていく空は、すでに茜色も僅かになっていて、向こうに見えている木々の頭だけが茜色に染まっているだけだ。あれだけの激しさを見せ付けておいて、この静寂を運んでくる。自然というのは、見ていて飽きない。しばらく、黙って見ていたら、ぽつりとトダカが静かに口を開いた。
「あの中に、戻れる時が来るだろう。ラクス様とカガリ様は、自分がおっしゃったことを反故にはしないお方たちだ。」
たぶん、アマギから、自分が言ったことは筒抜けている。だから、トダカの、そう言って笑っている声が聞こえる。明かりのない部屋は、ゆっくりと暗くなっていく最中で、トダカも話すぐらいしかできることはない。
「・・・できれば、早めに・・・」
「慌てなくてもいい。きみたちの組織は、二百年以上連綿と続いている。まだ、存続していくことになるだろう。『実行者』として無理だとしても、『協力者』として、きみは生きている間、働けばいい。まあ、まだ十年は現役で『実行者』でいられるだろうから、治れば、『実行者』に戻ればいいさ。」
作品名:こらぼでほすと 逆転3 作家名:篠義