こらぼでほすと 逆転3
何年かかかるだろう治療についても、トダカは、そう言う。確かに、二十代の自分は、まだ十年くらいは、マイスターでいられるだろう。それまでに復帰できればいいのだと、諭しているらしい。
「それまで生きていろってことですね? 」
ぼんやりしていた頭が、すっきりしてきて、トダカの言う意味が理解できた。今すぐに、どうこうできないが、それでも可能性は残っている、というのだ。
「それまでじゃなくて、老衰になるぐらいまで生きていたら、どうだ? 」
「・・そこまでは、いいです・・・」
「たぶん、きみらの世代で、きみらの望むような世界に変革されることはないだろう。これからも、世代を繋げて、CBは続く。終わりはないんだよ、ロックオン君。」
二百年しても計画は終わっていない。終ることがあるのかというほど、長い時間がかかることだ。最後なんてものは、今、生きている人間は見ることはないだろう。それほど壮大で愚かな計画だ。
「キラ様が、刹那君たちの生命は、どんなことをしても助けてくださるはずだ。・・・・だから、それは気にしなくていいし、きみは、刹那君のためにも、ここで待っていてやる必要がある。あの子には、今のところ、甘えられるきみが生きていることが重要で、きみを守りたいと願うことで強くもなる。・・・三蔵さんにも言われただろ? 親猫の背中を見て、子猫は育つんだって。」
「・・・はい・・・」
「慌てることなんてないのさ。ゆっくりと時間をかけて、戻っていけばいい。・・・私たち、経験者が、そう言うのだから信用してくれ。」
ぽん、と、腕の辺りを軽く叩かれた。この人達は、自分と同じように悩んだことがある。だから、それを乗り越えた経験者として助言してくれている。
「まだ、いいんだ。・・・いつか、私の言うことがわかるよ。きみの年齢の倍を生きている私が言うのだからね。」
「・・・ああ、そうですね・・・」
じんわりと、その言葉がロックオンの胸に落ち着く頃、ひゅう、と、風が鳴った。それから、ぱらぱらと雨が落ちてくる。先程までの宵闇の明るさは左目から消えて、右目と同じ漆黒の闇になっていた。
「アマギ、灯りを。」
トダカの言葉で、すぐに灯りがつけられた。まぶしくて、一瞬、クラクラしたが、視界が戻っていくと、ぽすんとベッドが揺れて、鷹が腰掛けて見下ろしていた。
「泣いてるのかと思ってたのに・・・さすが、せつニャンのママだ。」
「・・え・・・」
「また、よからぬ慰めを考えていたんだろ? 鷹さん。いつか、キラにお仕置きを喰らうぞ?」
その背後に、ゆっくりと歩いてきた虎もいる。どうやら、鷹も虎も、ここにいたらしい。真っ暗だったから、わからなかった。ついでに言うと、気配を綺麗に消せる人物ばかりだから、ロックオンにも、感知するのは難しい。
「何してんですか? 」
「メシだよ、メシ。どうせ、やることもないから、みんなで、ママを囲んでメシにしようと思ってたんだ。・・・じゃあ、用意させるか。」
虎が内線に声をかけている。起きられるか、と、鷹が手を差し出しているが、それは普通で、いかがわしいものでもない。
「おいしいとこは年長者なんだよな。俺が、せっかく愛の力で、ママを更生させようとしてたってーのに。トダカさん、おいしすぎだ。」
「はははは・・・たまには、年寄りに相応しいお役目をさせてもらわないとね。」
「あんたのは邪心があるから、ママは心を開けないってだけだろ? 鷹さん。」
「虎さん、それはない、それは。俺、今回に限っては、非常に真摯な態度だぜ? 」
「キラ様とラクス様の反撃は、痛いでしょうからね。」
「うわぁーアマギさんまで、それ言うんだ。ひっどいなー。」
鷹は陽気に、反論して大笑いしている。ああ、この人たち、俺のこと心配してくれてたんだな、と、ようやく、そこに行き着いた。だから、みな、付きっ切りで世話してくれていたのだ。
「・・俺・・そんなにダメでしたか・・・」
「ダメというか、もう、これ以上ないってほど落ち込んでただろ? ママ。」
はい、サービス、と、鷹は、そのまんま、お姫様抱っこで、居間へと運びつつ、笑っている。そちらには、すでに食事の準備がされていた。本日は、和食であるらしい。
「口はつけろよ。」
虎が、ぽんと頭を叩いて、病人の横の席に着く。アマギが給仕しているので立ち上がろうとしたら、トダカに目で止められた。よくよく考えたら、このメンバーだと、自分が最年少だ。いつもと勝手が違って、笑えてくる。
「なに? トダカさんの顔って、そんなにおもしろいか? 」
「・・いや・・俺、自分が最年少の席って、あんまないから、なんかおかしくて。」
「ははは・・・俺にしたら、ママとせつニャンの年の差が、俺とママとの間にあるからな。俺にしたら、おまえさんも、大概に可愛いんだけどな。」
「・・あ・・そうでしたね。」
「気付いてくれよ? ママ。」
「いや、なんていうか、ははははは。」
「まあ、つまり、そういうことだ。マイスター組では最年長だが、『吉祥富貴』では、真ん中より、ちょい下が、おまえさんの年なんだ。」
ほら、食べろ、と、白粥を給仕して、虎が言う。あまり年齢のことなんて考えてなかったが、言われてみれば、確かにそういことだ。家族を亡くしてから、あまり年齢に拘らなくなった。かなり背伸びしていたかもしれない。年配者の助言とかいうものも、なかった。こうやって、心配されてみて、なんだか、ほっとしたものがある。自分がやらなくては、と、勢い込んでいたものが、ここでは、それを肩代わりしてくれる年上たちがいるのだ。
「じゃあ、人生の先輩方に、いろいろやってもらって、俺は楽させてもらうよ。」
そう軽口を叩いたら、みな、一様に目を細めて微笑んだ。
「そうそう、まずは、怠け者になれ。」
虎が、そう言って、ビールを口にする。トダカは最初から、冷酒で、グラスに入った透明の液体を喉へ流している。
「だいたいな、八割がた死んでたんだから、いきなり、元に戻るわけはないんだよ。俺が、どんなに注意しても、ママは聞かないしさ。・・・思いっきり、怠けろ。今のところは、それがベストだ。」
「そういや、鷹さん、俺に絡んでましたね。あれ、そういうことですか? 」
何かと、休めと言われていたが、変な誘いだとばかり思っていた。思い出してみると、自分より年上になりそうな人間は、何かと、そういうことを口にしていた気がする。
「そうです。」
「・・・治ったとばかり思ってたんで・・・・」
「それ、ドクターが耳にしたら雷が落ちるから、言うなよ? 」
ドクターたちが、かかっきり状態になっているのは、それほど具合が悪かったわけで、今も回復しているわけではないから、交代制で、こちらに詰めている。本来なら、どこかへ入院しなければならないところ、マイスターという身柄を隠すために、こちらで治療していることも、鷹が説明した。負のGN粒子を浴びている人間の治療ということになれば、どこから情報が漏れるかわからないからだ。
「だから、紫の子猫ちゃんとアレハレルヤたちも、宇宙で治療したんだ。」
「何から何まですいません。」
作品名:こらぼでほすと 逆転3 作家名:篠義