eclosion
3.羽化
「なあ、アル。リゼンブールに、帰らないか」
左足の切開を行った、そして成すすべも無くそのまま閉じた、その翌日。
兄さんは静かにそう言った。
「な、んで!」
ボクはあからさまに取り乱した。
「兄さん、諦めるの?まだ何か方法があるかもしれないじゃないか! メイに送った書簡だって、もうとっくに届いている。錬丹術ならあの男に対抗する道がきっとある! それにセントラルなら沢山の情報が入る。図書館にだってまだまだ調べていない本があるし、准将だってアームストロング中佐だって」
「アル」
まくし立てるボクを、たった一言で止める、兄さん。
「アル。いいんだ」
「よくない!」
「いいんだ。アル」
「兄さんが良くてもボクが良くない!嫌だ、諦めるなんて嫌だ!」
「アル」
「だって、兄さんは諦めなかったじゃないか!ボクの魂をつなぎとめてくれた。ボクの身体を取り戻してくれた。兄さんは自分の脚だって取り戻した。ボクだって諦めない。諦めるもんか!」
「アル」
「・・・・・・っく」
ボクは息が詰まって、喉を鳴らす。違う。まだ泣いちゃいけない。泣いてる場合なんかじゃない!
兄さんは機械鎧の右手を持ち上げた。
ゆっくりと伸ばして、ボクの腕を取る。
「アルフォンス」
機械鎧の手は、探るようにボクの腕を下って、手のひらにたどり着く。
「諦めるわけじゃないんだ。けど、さ。こんな消毒臭えとこ、退屈なんだよ」
そっと包むようにボクの手を握る、兄さんの右手。
「なあアル。オレ、リゼンブールに帰りたいんだ」
兄さんは優しく優しく微笑んだ。
その頬が薄く白く光った。
ボクは目を凝らした。
雲母のような鱗のような、白い破片が。ついに、ここまで。
兄さんはうつうつと眠る。
汽車はガタゴトと進む。
真珠層を保護するために厳重に布で巻かれた様子は、まるで繭のよう。
白い繭の中に白い真珠。
その中には、どろどろに溶けた兄さんの肉体。
リゼンブールはもうすぐ。車窓の向こうは青い空。