eclosion
「機械鎧でよかったよ。こんなんなっても、まだ動く」
兄さんはそう言って、右手を持ち上げる。
緑の丘の上、ロックベル家の二階。日の光の降り注ぐ、窓際のベッド。
「何でこれだけ戻せなかったのか不思議だったけど、もしかしたら、このためだったのかもな」
そう言って、兄さんはボクの手を握る。
「アル。オレさ、オレがこんなに幸運でいいのかよ、って思ってる。やるべきことやって、会う人に会って、そんで何の苦しさも無しに、こうしてアルとかウィンリィとかばっちゃんと一緒にいられてさ」
くーん、とデンが鼻を鳴らしてベッドに顎を乗せる。
「ははは。もちろんお前もだよ」
兄さんは手探りでデンの頭を撫でる。
もう首も動かないから、ベッド脇のデンを見遣ることもできない。
「だからさ、アル」
デンから離した右手を、上へ伸ばす。
ボクの頬に触れる。
「笑った顔、見せてくれよ。オレの望みは、お前の笑った顔なんだ」
ボクは必死で笑顔を作る。
兄さんが嬉しそうに笑い返す。瞬きをした拍子に、目尻から白い破片が零れた。
「あ、視界が良くなった。何だよ角膜まで石化すんのかよ」
下睫毛に、まるで涙のように、白く光る破片をつけて、兄さんは笑う。
ああ、兄さんはいつも笑っていた。こうなってから、ずっと。ボクに、笑顔しか遺さないかのように。
「ウィンリィ、いるんだろ?」
部屋の隅で座り込んでるウィンリィ。空色の瞳を涙で濡らして。
兄さんは機械鎧で拳を握る。日の光にかざすように。
「これ、ありがとな」
そうして、兄さんは眠りについた。
そして目覚めぬままに、その顔も白く覆われていった。
二日後、朝。そこだけ真珠にならなかった兄さんの機械鎧が、肩から外れていた。
真珠の傍らにごろりと転がる鋼の腕。
この時初めて、ウィンリィは声を上げて泣いた。
ボクは声も無く、泣いた。