猫
部屋ではホークアイ中尉が、俺たちにはついぞ見せることの無い柔らかい笑顔で兄弟を迎え入れた。
促されてソファに座ったエドは、まだ両手を握ったり開いたりしている。
それに目を留めた中尉が聞いた。
「エドワード君?どうしたの?」
ちろ、と大きな目で中尉を見上げるエド。
それから両手を背中に回し、ごそごそとやって、そうして握った両手を突き出す。
「どっちだ!」
あら?と、少し首を傾げる中尉に、アルが穏やかに言葉を添える。
「曹長からもらった飴です」
そこに俺が補足する。
「当てたらくれるそうっスよ」
じろ、とエドは俺を睨み上げたが、否定はせず、ぐっと口を引き結んだまま。
ホークアイ中尉は「さあ、どちらかしら」と言いながら、エドの両手を見比べる。
ぴこぴこ。
へな。
ぴこぴこ。
へな。
どんなにポーカーフェイスのつもりでも、耳は正直に飴の所在を告げてしまう。
中尉は少し微笑んで、こちら、と「ぴこぴこ」の方の手を指差した。
途端、ぱあっとエドの顔が明るくなる。
「ハズレ~!飴はこっち!」
反対側の手を開いて、エドが誇らしげに言う。
にっこにこー!
全開の笑顔に、中尉もにっこり微笑み返す。
「残念、全然わからなかったわ」
「へへへー」
エドは頬まで赤くして、それは嬉しそうに笑っている。
それを傍から眺めていたハボックは、何だか釈然としない。試合に勝って勝負に負けた、そんな感じだ。
仕方が無いので煙草を取り出し、口にくわえる。
俺にはこっちの苦い飴のが似合うってーの。
「な、今度はアルがあれやって!」
そう言ってエドはアルに飴を渡す。
あれって、何だ?
ハボックは火をつけないままの煙草を咥え、首を傾げる。
アルは立ち上がって、思わせぶりに白い手袋に乗せた飴を見せる。
それから両手を重ね、それぞれ握って前に出す。
「さて、どっちでしょう?」
今度は全くわからない。目の前で握ってみせたのに、どちら手に渡ったのか全然見えなかった。
ホークアイ中尉にも分からなかったようだ。さっきより少し真剣な顔でアルの両手を見比べる。
アルも人型猫だが耳も尻尾も無い。そして兄貴より何倍も猫を被るのが上手なので、さて、見当もつきゃしない。
「こっちか?」
「こちらかしら」
当てずっぽうに俺が右を指すと、ホークアイ中尉は左を指した。
アルが両手を開く。
と、どちらも空っぽだった。
「へ?」
そこでアルは、すい、と左手を下ろし、くるりと手首を返す。さすがは猫のしなやかさ。
そしてそこには魔法のように、消えていた飴が現れた。
それは手品そのもので。
「上手いもんだなー!」
俺は素直に関心した。
「だろ?だろ?うまいだろー?」
エドが自分のことのように、ソファの上でぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
「というわけで、ホークアイ中尉の当たりです」
アルは少し、照れたように笑って言う。
「でもこの飴は兄さんのだから・・・」
「ええ、頂かなくて結構よ?」
アルは頷くとソファにもどり、まだぴょこぴょこやっているエドに飴を返そうとする。
「な、もう一回やってくれよ」
俺が言うと、アルはさらりと首を振った。
「ダメです」
「何だよ冷てーな」
「だって、今度は絶対ばれちゃうから」
少し考え、思いつく。この兄弟は二人とも左利きだ。
「隠せるのは左だけ?」
「はい」
「なるほどな」
けれどさっきの、鮮やかな手並みを思い返す。
「でも練習すりゃ左右どっちでもできそうなもんだよな」
アルはくるりと瞳を回し、少しいたずらっぽい顔で笑った。
それはどっちかっつーとアルよりエドがしそうな表情で、やっぱりこいつら兄弟だなあと思う。どっちが兄に見えるかはおいといて。
「でも、右ではできません」
アルはエドの手を取って、そっと飴を握らせる。
エドはきょろりとアルを見上げる。どっか、心配そうな顔?
それに安心させるように微笑み返し、アルは軽く握った右手を口元に持ってきた。まるでその甲に唇で触れるかのように。
「ボクの右手は、嘘をつけないんですよ」
そう言ってにっこり笑うアルは、中坊かそこらの歳のくせして妙に余裕で、その、なんつーか、色気みたいなモンがあって。
くそう。猫め。