猫
そこにようやく、この部屋の主、マスタング大佐が扉を開けて入ってきた。
兄弟と俺たちのくつろぐソファを眺め、「楽しそうだな」と言う。
その言葉には、自分のいない所で部下が可愛い仔猫と遊んでいたことへの、やっかみが含まれているような。
俺はにやにやと口元が緩むにまかせ、大佐に説明した。
「フュリー曹長がエドにくれた飴一個で、何か色々遊べてるんス」
「ほう」
大佐がエドを見下ろすと、待ってましたとばかりエドが両拳を突き出した。
「どっちだ!」
ほんとに、子供はこういう他愛の無い遊びが、しつこいくらいに好きだよなー。
俺が苦笑する間もなく、大佐は即座に指差した。
「こっち」
二つの手を見比べもせず選んだ右は、幸運なことに、何も握っていないほう。
「ハズレー!」
エドは小さな手のひらをいっぱいに開いて、自慢気にマスタングの顔へ突き出した。
だがマスタングは含んだ笑みで否定する。
「いいや。当たりだよ?」
途端に、エドの顔が曇る。
怪訝な顔で左手の飴を見、それからマスタングを見上げる。
俺と中尉も顔を見合わせる。
だが、大佐は余裕の笑みのまま。
エドは抗議の声を上げた。
「ハズレだ!」
「いいや?」
そうしてマスタングは突き出されたエドの手を取り、その中に金色の飴を落とした。
きょとん、と同じ色の瞳で瞬きする仔猫。
「ほら。飴があるだろう?」
エドはみるみるうちに全身の毛を逆立てた。いや逆立つのは耳を覆う毛足の短いビロードのような毛と尻尾だけなのだが。
「ズルだ!」
「ズルなものか。私は最初から、君に飴をあげる手を選んだのだから」
余裕綽々で大佐は答える。しかしもちろんエドは引かない。
「嘘付き!」
「嘘じゃないさ。だって、一つじゃ二人で分け合えないだろう?」
エドはぴこり、と耳を震わせ、ソファに座る弟を振り返る。
アルもびっくりした顔でマスタングを見上げる。
「二人でお食べ」
そう言って、マスタングは執務机に腰掛けた。
少しの間、エドはぽやーっと両手の飴を見比べていたが、おもむろに立ち上がり、ぱたぱたぱたっとマスタングの机に走り寄った。
大きな机にぐーの手を載せ噛り付くようにして伸び上がり、エドは大声で言う。
「たいさっ!ありがと!」
くるっと背を向けアルの元へ戻る、その尻尾はぴんと上を向いて、捲り上がったコートから黒いズボンのお尻まで覗いていた。
ハボックは溜息を吐いた。
かなわねーなー。
エドとアルはごにょごにょと相談し、それから飴を分け合って二人で「いただきます!」と口に入れた。
マスタングが与えた飴は、エドの大好きな蜂蜜飴だ。
つまりマスタングはエドのありがとうをもらった上に、フュリーのではなく自分の飴を、エドに食べさせたという訳だ。
か、かなわねーなー・・・。
ハボックは煙の溜息をつきたくなった。
ちょっくら煙草吸ってきます。そうジェスチャーで中尉に示し、執務室のドアを空ける。
振り返ると兄弟は、同じ側のほっぺたを飴で膨らませている。
そういえば。ハボックはドアの取っ手に手をかけて思う。しっかり者のあのアルも、あのちっこい兄貴よりまだ幼かったんだっけ。
そして、けれど年齢以上に大人びた弟が、飴でほっぺを膨らませているのが、なんだかとても可笑しかった。
おわり。