猫
『かき氷』
(猫エドとハボ)
「うおーあっちィー」
ハボックは空を見上げる。
まだ夏には間があるというのに、今日の太陽は鋭いほど眩しい。
キンキンな日光が空から降ってきて、イーストシティの街路樹の緑が硬質な輝きを放っている。店からは水色や橙色のひさしが張り出し、その下は濃い日陰。街中の景色がコントラストを一気に強めたようにくっきりとしている。
公園のほとりに黄色いテントの屋台が幾つか出ていて、その一つに長い行列ができていた。
ハボックは興味を持ってそちらに赴く。今日は夜勤明けのオフ、気楽な散歩だ。
「おー、かき氷!」
それはイーストシティではとても珍しい、かき氷の屋台だった。
その脇に、こっちはハボックにはおなじみの、ちっこい姿。
黄色い麦わらをざっくり編んだつば広帽子に長袖の黒のチュニック、同色のだぼだぼパンツにぺたんこ靴。涼しげな装いはアルの見立てかな?そういやアルが隣にいない。
エドは熱心にかき氷ができる様を見ていた。テントの日陰、路上に置かれた長テーブルのはしっこを白手袋の両手でしっかりつかみ、その上に顔をのっけるようにして大きな機械を見つめている。
無骨な機械の真ん中に、一抱えもある大きさの、透明な四角い氷。店のオヤジがハンドルを回すと氷も回り、台のカンナで削られた氷の切片が下に置かれた器に、雪のように積もってゆく。
山盛りになると広口のガラス瓶から長い柄のついたひしゃくで赤いシロップをかける。こぼれるほど山盛りだった氷があっという間にしぼんでしまう。
それをまた、機械の下に戻し、もう一度白い山を作って、出来上がり。
嬉しそうなお客に差し出される赤と白のかき氷。エドはぐーっと首を伸ばしてそれを見つめる。口がちょっぴり開いている。
次の客から金を受け取ったオヤジが空の器を機械の下に入れると、エドの首はひゅっと縮み、一瞬も見逃すまいとまたかき氷の機械を注視する。
するすると透明な氷が回り、魔法のように白い山ができてゆく。
差し出される、今度は緑のかき氷。ぐーっと伸びるエド。セットされる容器。ひゅっと縮むエド。
ハボックは噴き出しそうになるのを堪え、エドの側に周って、麦藁帽子をぽすぽす叩いた。
「よう、エド」
びっくりして振り返る金色の目。
「しょうい!」
「何だ、面白いか?」
「うん!」
「ひとりか?」
「うん」
「アルは?軍部?」
「うん」
ちらちらと、後ろをうかがうちっこい顔。今この瞬間にも盛り上がってゆくかき氷を見逃すのが惜しいらしい。ハボックは帽子に置いた手をくりっとひねり、エドの頭を定位置に戻してやる。
「見てていいぞ」
「見てるよー」
エドは手袋の甲に顎をのせ、首を左右に振って俺の手を揺する。俺もエドの頭をつかんでぐりぐりと揺すってやる。
「わーしょうい、揺するな!」
「エドが揺らしたんだろー」
俺は帽子をつかんで持ち上げた。と、びっくり箱のような速度で手が伸びて帽子を抑える。
「帽子とっちゃダメ!」
エドが真剣な顔をこちらに向けて言う。
あ、しまった。
「悪ィ」
人型猫は珍しい。東部ではたまに見かけるが、他の地域ではまずお目にかかれないと聞く。国中を旅して回っている兄弟は猫であることをなるべく隠している。子供だけの旅だ、トラブルの元は避けるに越したことは無い。
特にアルが隣にいない時は、エドはとても気をつける。バレると弟にこっぴどく叱られるからだ。
再びかき氷を注視するエドに、ハボックは詫びの気持ちで声をかける。
「かき氷、そんなに好きなら買ってやろうか?」
ぴくり。
帽子の中で、猫耳が反応。
がばっと振り向き、「いいの?!」
喜色満面の金色眼。お日様のような眩しい笑顔。
俺は偉そうに頷いてやる。
「おー、いいとも…って」
言葉に詰まったのは、値札を見て。
1000センズ!?
「高え!」
店のオヤジが笑って言う。
「高いに決まってんだろーが、ブリックスの麓から貨車に載せて持ってきた氷だぜ」
確かに汽車で二日の距離を運ぶだけでも大したものだ。いくら藁で包んでも大分溶けてしまうだろう。
「しょうい…」
金色眼が曇る。俺は慌てて言う。
「高いけど、旨いぜきっと!そこで待ってな」
俺は颯爽と列の後ろに並ぶ。今日と明日とあさってと、煙草をひと箱ずつ減らしゃあいいんだ。・・・・・・できやしないと分かっちゃいるが。
列の後ろからエドに手を振ってやる。エドもぴかぴか笑顔で手を振り返す。俺の後ろに並んだおばさんがくすくすと笑う。
何だかいい気分だ。アイツにあの顔をさせてんのは俺だぜ。
もう一度手を振ろうと右手を上げる。が、エドはもうかき氷屋のオヤジの手元しか見ていない。しばらく待ってもそのまんま。
……。
中途半端に上がった右手は、そのまま退屈そうに俺の首の後ろを掻くことになった。
ちぇっ。買ってやるのは俺だってのに。
降り注ぐ日差しに頭のてっぺんがいい加減熱くなってきた頃、ようやく順番が回ってきた。
「ほらエド、お前のかき氷だぞー」
「うん!」
ついにエドはテーブルの端っこではなく、かき氷機の正面で、白い山ができてゆく様を鑑賞した。
「ぼうず、シロップはイチゴとメロンどっちだ?」
ハンドルの手を止めずにオヤジが聞く。
「両方!」
間髪入れずにエドは答える。
オヤジは手際よく赤と緑のシロップを左右半々にかけ、山盛りのかき氷をエドに手渡した。