猫
『輝く日』
(猫エドでロイエドで新婚です。)
東方司令部。
コンコン、とノックの後、ハボックが司令官執務室のドアから顔を覗かせた。
「准将ー、奥様ですよー」
そのずっと低い位置からひょこりと顔を出したのは、この部屋の主マスタングとつい先日一緒になった、人型猫のエドである。
迎えたロイはとても変な顔をしていた。例えて言うならイチゴ大福をイチゴ入りと知らずに食べてしまったような顔。
「えー、と。こ、こんにちは?」
エドはドアから顔だけだしたまま、きょろきょろ室内を見回して、そんな台詞を言う。
「いらっしゃい、エド君。どうぞ入って?」
ホークアイに薦められ、エドはおずおずと室内に入る。
「忙しかった?」
エドは上目遣いにホークアイを見て尋ねる。
「いいえ?」
そしてエドのとまどいの原因を振り向く。
マスタングはまだイチゴを咀嚼しているようだ。
「ああ、あれは表情をね、決めかねているのよ」
こともなげにホークアイは言う。
「でないと、嬉しくて顔が崩れきってしまうから?でしょう?」
語尾は己の上司に向けて。
マスタングはコホンと咳払いをして立ち上がった。
まだ微妙に落ち着かない口元だが、なんとか「いつもの笑み」をとりもどし、エドに優しく問い掛けた。
「どうしたね?」
「うんあのね」
そこでエドは自分の白手袋の両手に何も無いことに気付く。
振り返る頭の上に影が差す。大きなバスケットが頭上に。
「ほい」
ハボックが、預かっていた荷物をエドの頭越しにテーブルに置いた。
「それは?」
「お弁当!」
ホークアイの問いにエドが元気に答える。
そして満面の笑顔でロイを見上げた。
「お昼、一緒に食べよ!」
うららかな春の中庭。
朝方まで薄く空を覆っていた雲がすっきりと晴れ、眩しい青空に心地よい微風。
今を盛りの薄桃色のアンズの樹の下に、ピクニックシートを敷いてサンドイッチを並べる。
イギリスパンに挟んだオムレツとチシャレタス。バケットにはピンクのハムに黄色と白のチーズ。細切りの人参とはしりのグリーンピースのパテのサラダ。食べ易いようピンを刺したソーセージ。
「こんなに作るなんて、大変だっただろう?」
マスタングの声音には、いたわりよりも咎める色合い。
「だって、ヒマなんだもん!」
ぷっと膨れてエドが言う。
紅茶のポットを下げてきたハボックとホークアイが、顔を見合わせ苦笑する。
フュリーとファルマンは売店へ追加のホットドッグを買いに行っている。「俺らでバカバカ食っちまったら准将の怒りがどう火を噴くかわからんぜ?」というブレダの忠告に従ってのこと。
マスタングは本当に、エドを大切にしている。
雪溶けを待ってリゼンブールからエドがやってくるまで、マスタングの落ち着きの無さは見ているこちらまで恥ずかしくなるほどだった。
いい年の男が、全くなあ。
誰もがそう思うが、口には出さない。
なぜなら、誰もが良く知っていたから。彼らが結ばれるまでの長い道のりを。そしてエドがマスタングを選んだことの、その重さと尊さを。
エドを駅で迎えて、そのままマスタングは市庁舎に向かった。
戸惑うエドに、マスタングは言った。
煤けた役所の、古びたカウンターとベンチの間で。
「私を選んでくれた君への感謝を、私は私でもってしか返せない。どうか、正式に結婚して欲しい」
差し出したのは、婚姻届。
それはもう、いっぱいいっぱいのプロポーズ。
見守るのは居合わせた市民と下級役人。驚きと好奇の視線を集めたまま、若き東方司令部司令官は、ぎくしゃくと緊張も露わに小柄な恋人へ手を差し伸べる。
金の頭を覆う赤いフードをそっと除ける。まるで花嫁のベールを上げるかのように。
金色の耳が一対。ぷるぷると震える柔らかな猫毛。
マスタングはかがんで、唖然と金目を見開くエドの細いおとがいを人差し指で支えた。そして、触れるだけのキス。
「愛している。エド」
エドの眼から涙が溢れた。ぽろぽろと零れるそれは、瞳の色を映して水滴まで金色のよう。
エドだって分かる。地位も将来もあるこの男が、人型猫を妻とすることが、どれほど格外であるのか。
今この自分を、妻と迎える、その愛の深さを。
金の眼から金の涙はとめどなく溢れ、真っ赤に上気した頬を濡らす。エドは声を出すことさえできず、ただ頷いて、何度も何度も頷いて、やわらかい苦笑でマスタングが頭を抱き寄せるまで、ぶんぶんと首を上下に振るしかできなかった。
哀れなのはとんでもない書類を受け取ってしまった下級役人である。将軍と猫のサインが並ぶ婚姻届を捧げ持ちおろおろと周りを見回すが、誰も助けてはくれない。もう仕方なく受付印を押すと書類から顔を上げ、喜劇役者が泣いているような面容で「おめでとうございます」と言った。
その時にはもう、場違いな花婿と花嫁はその場を去った後だったけれども。