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immortal lover

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昨日纏めた荷物。

俺は意識的にそれを見ないようにして、朝食を取った。

「さっきね、実家に電話しておいたの。連絡は取ってたけど、帰国するって話したのが急だったから、なんか驚いてた」

「それはそうだろう」

何気ない朝の会話。
まるで、明日も明後日も、その先もこんな朝が続くような気がしてしまう。

「ていうか、こっちは寒いけど、あっちは寒くないんだよね。気をつけなきゃ」

「………何が?」

「月森くんも気づいてないでしょ。ほら」

飛行機の時間はまだだというのに、コートを着て、マフラーまで巻いていた彼女には少々違和感を抱いていたが…

香穂子はマフラーを取って、俺に首筋を見せた。

「………っ」

「無意識にマフラー外しちゃったりしたら、驚かれちゃうよ。さすがに」

香穂子は照れながら笑っている。
彼女の白い首筋には、無数の赤い跡。

激しい情交の跡を物語るその印に、俺まで赤面した。

「ね。………私も朝鏡見てびっくりしちゃったよ」

「…す、すまない」

「ううん。………」

香穂子は愛おしそうに首筋を撫でた。

…思えば、いつも彼女は首筋を気にしていた。
首元が開けた服を着られない、と俺に怒っていたっけ。
そんな彼女が可愛らしくて、わざと首筋に跡をつけたりしてまた怒られていたっけ。

やっと消えたと思ったのに、またつけられた―――――

今、彼女の首筋にあるそれが消えても
俺は再び新しい所有の証を刻むことはできない―――。

「あ、もうそろそろ出なくて大丈夫?」

「………っ、そうだな」

また涙が出そうになった俺に気づいたのか、香穂子はわざとらしく促した。

「私も、月森くんが出かけたあとすぐくらいには出るから」

「ああ」

玄関まで送られ、靴をはく。
靴をはき終え、顔を上げた。

「―――いってらっしゃい!」

香穂子は笑顔で言った。
そう、いつもと変わらない朝の光景。

「ああ。いってきます」

俺も笑顔で返した。

振り切るように玄関を出る。
こぼれ落ちそうな涙を、堪えて。















いつものように公演を終えて、いつものように帰宅する。

いつものようにインターフォンを押す。

いつまでたっても開くことのない鍵に自嘲して、鞄から鍵を取り出した。

もしかしたら、やはり踏み止まった香穂子が自宅にいるかもしれない。
そんな馬鹿げた期待をした自分に嫌悪を覚えながら、部屋の明かりをつけた。

―――香穂子はもちろん、いなかった。
ダイニングに置いたスーツケースもない。

香穂子は帰国した。
それを認めなければいけない自分、認めたくない自分が混在して、俺を支配する。

愛した女性の温もりは、この部屋のもうどこにもない。



恋人が去った悲しみに暮れる余裕は、それほどなかった。
それが逆に助かったくらいで。

香穂子の帰国、転居の手続きを済ませる代理人の書類を片付けると、腹が鳴った。

そういえば、今日は夕食を買ってくるのを忘れてしまっていた。

仕方なく外食に出ようとした手前、一応何か残っていなかったか冷蔵庫を開けた。

「………これは」

飲み物くらいしか入っていなかった冷蔵庫の中には、一つだけ、弁当箱が入っていた。
取り出して、驚く。

これは、香穂子が作ってくれた弁当じゃないか………!

中身は、なんということのない普通の弁当。
そう、まさにあの頃、学院で一緒に食べた香穂子の弁当。

香穂子は、朝、こんなものを作ってくれていたのか…。
右腕だけで、せわしなく弁当を作ってくれる香穂子が、キッチンに浮かんだような気がした。

いろいろな想いが溢れ出す。

みっともないくらい泣きながら、俺はその弁当を食べた。

もう泣くのはこれきりだ、と心に誓いながら。















「これが最初ではない。何度も言ったはずだ。断る」

「うう…。そこをなんとか!絶対に悪い話ではないんだよ!」

「らちがあかない。…話がそれだけなら、帰らせてもらう」

部屋を出ようとした俺を、マネージャーは慌てて引き止めた。

「ままま待った!話はそれだけじゃないんだ!さっきの話は断るから、ちょっと聞いてくれ!」

「………。手短に頼む」

腕を組んで椅子に腰掛ける。
俺の不機嫌は最高潮に達していた。

「毎年出てもらってるコンクールなんだけど、今年も頼みたくてさ」

「コンクール…?ああ、もうそんな時期か」

5年ほど前からだろうか。
俺は毎年開かれるウィーンの国際ヴァイオリンコンクールのことを思い出していた。

コンクール、といってもこの場合、俺は審査される側ではない。
審査する側、として出向く。

「その件については大丈夫?」

「ああ、構わないが」

「今年はね〜、面白そうだよ〜?20年に一度の逸材と言ってもいいくらいの天才が出場するって話らしいからね!」

「20年に一度?それはまたたいそうな話だな」

「君もそんなふうに騒がれていたっけねぇ、当時は。もう何年前の話になるっけ?20年前くらい?」

「…正確に言うと22年前だ。18の時だったからな」

「相変わらず細かいなぁ。じゃあ、その資料はまた次の機会に渡すから。それじゃあ話は終わり!」

「了解した。………では、お疲れ様」



事務所を出て、特に寄るところもなく帰宅する。

………そういえば、あれからもう15年も経つのか…。

時の話などしたせいか、珍しく感慨に耽る。

「…今日は、簡単なものでいいな」

冷蔵庫を開けて、一人呟く。

長い月日を経て、俺は全くできなかった料理を身につけることができた。
朝食と夕食くらいは、外食する以外では自炊している。

洗濯だって、掃除だって、なんでも一人でこなせる。

それには、理由があった。
家政婦を雇わないようにするため、だ。

彼女の思い出が詰まったこの家に、人を立ち入らせることを俺は厭った。
友人はおろか、家族すらこの家に入れたことはない。

一時は生活が破綻するほど家事には苦労したが…
それももう、10年以上前の話だ。

料理を作り終えて、メール着信を告げるパソコンの音に気づいた。
マウスを動かして、俺は顔を歪める。



レンへ

この前話したヴァイオリニストの方が是非会って話をしたいということで、約束を取り付けようと思ったんだ。

妙齢の女性で、とてもいい方だからきっと君も気に入ると



全て読み終えないうちに、俺はメールを削除した。
…大きなお世話だ。

今に始まったことではないが、妙な噂を気にしたスタッフから、やたら縁談を持ち込まれている。

俺は、この歳で結婚はもちろん、恋人すら作っていなかった。
香穂子が帰国してから、ずっと。

『レンはルックスがいいのになぜ恋人も妻も作らないのかっていろんなところで話が持ち上がるんだよ。最近では実は性格に問題があるんじゃないかとかゲイなんじゃないかとかいう噂まで出てくる始末でさ。だから君もこの機会に一度…』

もちろん、きっぱりと断った。
プライベートにまで口を出される筋合いはない。
くだらない噂をする輩には、言わせておけばいい。

その代わり、俺はこう言った。
作品名:immortal lover 作家名:ミコト