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immortal lover

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「………ありがとう」

瞳を潤ませながら、細い声で彼女は言った。







「……………」

目が覚めてしまった。
夜中に目が覚めるのは珍しい…。

滑らかな肌の感触が心地良く、またすぐにでも眠りに落ちることができるような気がする。

「(………いや)」

俺は、第六感…そんなものを信じてはいないが。
愛し合った後はいつもよく眠ることができる俺が夜中に目を覚ましたことは、なぜだか偶然ではないような気がした。

またすぐにまどろみの中に落ちそうになる体をゆっくりと起こし、俺はベッドから下りた。

彼女は、よく眠っている。
素肌をさらした彼女が風邪をひいてしまわないよう、布団をかける。

音を立てないように配慮しながら寝巻を身に纏うと、部屋を出た。



書斎の明かりをつけ、シュレッダーを見遣った。
彼女はきっと、明日の朝もこれを使うに違いない。

………?
あれは?

シュレッダーのそばに、置いた覚えのない紙袋が存在していた。

「……………」

あれがもし、俺の考えているものと違ったら、俺は最低の行為をすることになる。

一緒に暮らしているといっても、互いのプライバシーの領域は守らねばならないものだ。
彼女の持ち物の中身を勝手に見るのは、気が進まない。

それでも、あれが俺が今考えているものだったら―――

心の中で彼女に謝罪しながら、俺は紙袋の中身を覗き込んだ。

「………?」

中には、大量の紙が詰まっていた。
その中の一枚を手に取る。

「………。―――――?!」

これは―――

紙面には、それこそ紙面を埋め尽くす勢いで、文字が書かれていた。

死ね、殺す、別れろ―――

ゲシュタルト崩壊を起こしそうになるくらいの、文字の羅列。
全て手書きになっていることが、更なる戦慄を引き起こした。

紙袋に入っている他の紙にも、やはり同じ内容が書かれている。

“別れろ”

「………そういうことか」

彼女が、この「嫌がらせ」を俺に話さなかった理由。
それが、わかってしまった―――。

すぐにでも彼女を起こして、このことを問い質したかったが、きっと互いに興奮して朝まで眠れなくなってしまうだろう。
眠れなくなるのは、俺だけでいい。

俺は紙を元に戻して、寝室に戻った。















「つーきーもーりーくん!」

「………ん」

耳元で大きな声で叫ばれて、俺は目を覚ました。
彼女が、困り顔で俺を覗き込んでいる。

「もー。声かけても揺すっても起きないんだから。ほら、もう時間ギリギリだよ?!」

「………ああ。すまない…」

いろいろ考え込んでいて…。
結局眠ることができたのは朝方だ。
今日一日、辛いな…。

「ほら!早くご飯食べて!」

「ああ…」

彼女の後についてダイニングに向かう途中、彼女は振り向きざま怪訝な顔で言った。

「…月森くん。なんで、パジャマ着てるの?」

「………は?なんで、とは…?」

「だ、だって。昨日は…。………な、なんでもない!」

彼女は赤くなってそっぽを向いてしまった。
………。

………?ああ。
そうか。彼女は…。俺が夜中に起きたことを知らないのだった。



「香穂子」

もう既に外に出ようとしている彼女に、朝食をかきこみながら声をかける。

「ん?」

「今日、帰宅したら話がある。………覚えておいてくれ」

「え…?う、うん、わかった。じゃあ私、先に行くね」

「ああ。気をつけて」







「あっ!レン」

「…ああ。久しぶりだな」

俺は、次の公演の打ち合わせで、公演場所のホールへ来ていた。
声をかけてきたのは、大学時代の同期で、俺と同じヴァイオリニストとなった友人。

「CD聞いたよ!いや〜、よかったなぁ。俺も早くソロCDを出したいよ」

「その時は、俺も一枚買わせてもらおう」

「ははっ、頼むよ!」

「ところで…。なぜ君がここに?」

「ああ、俺は明日第2ホールでオケの公演なんだ。リハーサルついでに、お前の様子見にきたんだ」

「そうだったのか。わざわざすまない」

ちょうど休憩時間だったこともあり、俺たちは観客席に座って話をした。

「そっかー、彼女ともうまくいってるんだな。いいなぁ」

「君も大学時代から交際していた子がいなかったか?」

「あー………。それがさぁ」

「なんだ?別れたのか?」

「結論を言っちゃうとそうなるんだけど。でも俺が悪いわけじゃないんだぜ?!」

「はは、人間は自分の過ちを認めたくないものだからな」

大学時代から、彼は少し女性にだらしないところがあり、よく恋愛のトラブルを引き起こしていた。
だからこそ、茶化したつもりだったのだが…

「違うんだって!………ストーカー被害に遭っちゃってさ。それが原因で、ダメになっちゃったんだよ」

はぁ、と深いため息をついて、彼は言った。
…ストーカー?

「それは…大変だったな」

「本当だよ。しかもさ、そのストーカー、俺の彼女に執拗に嫌がらせしてきてさ。それで彼女が耐え切れなくなって、別れたいって話になっちゃったんだ」

「………!」

軽いデジャヴを感じ、息を飲む。

「タチ悪いよな。彼女に嫌がらせして、俺と別れさせようとして…。そんなことしたって、そいつと俺が付き合うなんてことありえないのにさ!」

「その、ストーカーとは…。君の知り合いだったのか?」

「いやいや、まさか。顔も知らない奴だよ。でもよくよく調べたら、俺のファンだったんだよな〜…」

「ファン…?」

「そう。どこで俺の彼女のこと調べたんだか知らないけど…。ある意味、俺たちの職業って怖いとこあるよな。自分は相手のこと知らなくても、相手は自分のこと知ってるってことばっかりなんだから。それがまともな奴じゃなかった日には…」

逃げることも、立ち向かうこともできない。

…今の自分の職業について、こんなふうに考えたことはなかったが…。

俺は、高みを目指してヴァイオリンを奏でることだけがヴァイオリニストという職業だと思っていた。
いくらファンからの賞賛を受けても、贈り物を受け取っても、ただそれだけを。

………しかし、俺がヴァイオリンを奏でる以上、聴く人間はいる。
俺のヴァイオリンも、俺自身も、大衆の目と耳に晒されている―――

「お前も気をつけろよ?熱烈なファン、いるだろ?ま、普通に応援してくれるだけならいいけどさ」

「…そう、だな」

香穂子が受けている「嫌がらせ」。
別れろ、という言葉。
俺の不安は、どんどん膨れ上がっていった。







「…あっ」

ちょうど帰宅の時間が重なった。
マンションの入口で、香穂子とはち合う。

「あーっ、月森くん、おかえり。そしてただいま!」

香穂子は笑いながら言った。

「ああ。今日は帰宅が重なったな」

と、香穂子の手からぶら下げられた紙袋が目に入る。

「………あっ」

俺の視線に気づいたのか、彼女は紙袋を背中に隠した。

「え…へへ、大学の書類が溜まっちゃってね。まとめて持ち帰ったんだ」

「…そうか」

俺はそれ以上何も言わなかった。



部屋に上がるまで、俺たちの間に会話はなかった。
作品名:immortal lover 作家名:ミコト