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The future that is happiness

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はしゃぐ私の傍ら、ふと土浦くんが悲しそうな顔をする時は、私の心も痛んだけど。

“今だけ、土浦くんが日本へ帰るまで”

そう自分に言い聞かせ、まるで言い逃れをするかのように過ごしていた。

―――そして。
土浦くんが帰国する前日。彼がこの地へ来た本来の目的の日。

土浦くんが指揮を、私がコンミスを務めるオーケストラ公演の日がやってきた。







指揮を振るう土浦くんは、あの頃ピアノを弾いていた時と同じ、厳しく神妙な顔をしていて。
それでも、時折見せる無邪気で楽しそうな表情に、私のヴァイオリンも共鳴するように響いた。



―――コンサートは、盛況のうち終了した。
このオーケストラの指揮を務めた土浦くんの名も、ここから一気に各界へ知れ渡ることだろう。

土浦くんの礼が終わると、喝采の嵐の中、私も席を立つ。
笑顔で手を差し出してきた土浦くんに、私も笑顔でその手を握った。



―――そして。



袖から響いてきた、小さな二つの足音。
私ははっと、その先を見遣った。

自分の身長の半分はある花束を抱えて、二人の子供が土浦くんへ近づいてくる。
その後ろから、土浦くんや私と同じくらいの年の女性が、微笑みを浮かべて。

私が見たこともないような笑顔で、土浦くんはその三人へ歩み寄った。

「おとうさん、はい!」

「はい、じゃなくて、お疲れ様でした、って言うのよ?」

「「おつかれさまでした!!!」」

可愛らしい子供たちは、そう口を揃えて土浦くんに花束を渡した。
よく見ると、二人とも土浦くんにそっくりな男の子だった。

土浦くんは本当に嬉しそうな顔をして、二人の頭を撫でる。
そして、それをほほえましく見つめていた女性と顔を見合わせ、笑いあって。

………私の知っているあの頃の土浦くんは、どこにもいなかった。

気を緩めれば、ヴァイオリンを落としてしまいそうだった。
舞台に崩れ落ちてしまいそうだった。

私が求めている結末など、どこにもない。
この思いが報われる先など、あるわけがない。

土浦くんが日本へ帰るまで。

そんな風に思えたのは、今日までだったのだと。彼の愛する家族への仕打ちが、どれだけ酷いものだったのかを。

私は、悟った。







また同じ舞台に立とう―――

そう笑顔で言って、土浦くんは家族と共に帰国した。

公演の直後、メディアは土浦くんを今日本を代表するコンダクターとして、大々的に報じた。
予想通り、土浦くんの活動は更に活発になってゆくのだろう。

だから、また土浦くんとこの国で共演することは、遠く先の話ではないかもしれない。

………でも。

私は、もう土浦くんに会わせる顔がなかった。
好きな気持ちは変わらない。会いたいとも思う。しかし、

また私が土浦くんに会ったら、いつ彼の幸せな笑顔を奪ってしまうかもわからない。

「………本当に、終わっちゃったんだね」

自宅で一人、呟く。

それは、心のどこかで信じていた恋。
それから―――

全財産は前夫へ。
そうしたためた紙を、封筒へ丁寧にしまう。

今でも、思う。

“あの時、もっと素直になれていたら”

どうにもならないことを悔やむのは、もう疲れてしまった。
人を愛することも、人に愛されることも、これから先………できないと、諦めてしまった。

そして私は、バスルームへと向かう。







こんな時になって思い出すのは、幸せだったあの頃のこと。
未来を、信じて疑わなかった、希望に満ちた日々のこと。

勢いよく流れるシャワーの音さえ、心地良い。

手首に滑らせた刃物から流れる暖かいものと共に、私の目から涙が零れた。

そして―――

あの頃へ、この疲れ傷ついた心を還すように。

私は瞳を閉じた―――――。















「―――――!」

胸を撃たれたように、香穂子は目を開けた。

心臓が、いやな音を立てて鼓動している。

はあはあと肩で息をして、周囲に目を泳がせると、心配そうな顔で香穂子を見つめるリリの姿があった。

「………、リリ」

「どうだったのだ…?」

恐怖と悲しみで、一気に涙がぼろぼろと零れ落ちた。

「………そうか」

全て悟ったように、リリは俯いた。



あの後―――
土浦とケンカ別れした後、とぼとぼと学院の近くを通りかかった時、懐かしい声が香穂子を呼び止めた。

そして、落ち込んでいる様子の香穂子に、リリはその事情を聞かせろと言ってきた。

自分が幸せを願った二人がそんな別れ方をするのは悲しい、もう一度よく話し合ってみろと諭すリリに対し、香穂子は首を縦に振らなかった。

そんな香穂子に、リリは………

「今お前が見たのは………いくつもあるうちの未来のひとつ。だから、絶対にそうなる、とは限らないのだ。だが、今のお前の状態では、訪れる確率が高い未来なのだ」

「…ひっく、ひっく」

「とても辛い未来を見てきたのだろう?我輩は、お前にそんな未来を歩ませたくない。しかし、我輩は人と人との心に干渉できるような力は持っていないのだ。だから…幸せな未来を掴むには、お前自身が動くしかない」

リリは泣きじゃくる香穂子の眼前に下りた。

「泣いている時間などないぞ。日野香穂子、もう一度愛する者に、想いを告げに行くのだ!」

少し怒ったように、しかし優しく香穂子に微笑みかけるリリに頷いて、香穂子は走り出した。















「……………」

ぐつぐつと鍋が沸騰していることにも気付かず、土浦はぼーっとテレビを眺めていた。

そのテレビが、恋愛ドラマのCMを映しだした時、我に返った。

「………くそっ」

土浦の頭の中は、自分自身に対する怒りと、後悔と、疑問がひしめいていた。

香穂子に手をあげそうになったこと。
香穂子を傷つけてばかりだったこと。いくらでも香穂子を思いやることができたのに、優しくしてやれなかったこと。
香穂子の別れの言葉に、反論しなかったこと。

どうしてできなかった?そればかりが頭を巡る。

「………っと」

焦げる寸前だった料理の火を消して、ため息をつく。

「………また焦がしたの、なんて笑われるんだろうな」

無意識に香穂子のことを考えている自分に、まだ香穂子のことを好きなのだと…いや、好きな気持ちは全く変わらないのだと、再確認した。

これからまた連絡をとることも、話し合うこともいくらでもできる。
しかし、香穂子は既に自分に愛想を尽かしているはずで―――

また考えに耽っていると、家のチャイムが鳴った。
どうせ新聞の集金だろうと、インターフォンに出ず、母がテーブルの上に用意していった封筒だけ持って玄関に向かった。



サンダルをつっかけ、玄関の外を覗く。

「………香穂子?!」

玄関前には、俯く香穂子の姿があった。
土浦は何も考えられず、とにかく玄関を開けた。

その拍子――――

「………っ!」

一瞬、土浦の姿を確認した香穂子は、飛び付くように土浦に抱き着いた。

「香穂子………?」

泣きながら、強く抱き着いてくる香穂子の背に腕を回し、土浦は香穂子の名を呼んだ。
作品名:The future that is happiness 作家名:ミコト