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A clematis

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『…二年間、実家を離れて暮らすってことなんですよね。その…。八木沢さん、夏に横浜に来た時も、寂しいって言ってたから…その、よくご両親も承諾して下さいましたね』

「若者なんだから、一度東京に出るのもいいんじゃないかと言われてしまいました。…僕には、そういった考えは全くなかったですからね。本当は、地元に条件の合った学校があればよかったんですが…」

でも、と八木沢は続けた。

「東京に理想の学校が見つかった時…少なからず嬉しいと思ってしまったんです。…その、東京の学校に行ったなら、あなたとすぐ会うことができる、と…」

『っ………。そ、そうですよね。菩提樹寮にいた頃とは違って、同じ場所に住むことはできなくても…仙台よりは、ずっと近いし…』

「なんだか、あなたの近くにいたいがために東京の学校を選んでしまったようで………誰に冷やかされたわけでもないですが、気恥ずかしいです」

『………。う、嬉しいです…』

「支倉さんにからかわれていた方が、ずっとマシでしたね。自分で自分を冷やかしているようで」

照れ笑いをしている彼が目に浮かぶ。

「トランペットも、もちろん続けます。もっとも、こちらより自由に吹ける場所は少なくなってしまうかもしれませんが…」

『そ、それなら。夏休みの時みたいに、横浜で一緒に演奏しましょう!』

「ええ。…本当に、楽しみだな」

それから、話は盛り上がってしまい、通話を終えたのは夜中だった。



「…よかった」

電話を切ってしばらくしてから、パソコンを起動してみると…
かなでがブログの更新していた。
最初は、しばらくブログを書けなかったことの謝罪だったが、大半が11月が楽しみだ、という喜びの文章だった。

「(まさか小日向さんにあんな心配をかけてしまうなんて…。でも、あの話は至誠館の生徒すら知らないはずなのに、どうして…)」

もしかしたら。八木沢は思った。
かなでに話がいくとしたら、星奏学院の生徒と繋がりがある人物からだけだ。
星奏学院の生徒と繋がりがあるのは―――菩提樹寮に滞在した、部員たち。

まさか、彼らに話が漏れていたのか?
だとしたら、彼らにもきちんと事情を話して、安心させてやらなければ。















「おはよう、火積」

「っ………。八木沢部長。おはようございます」

登校時、火積の姿を見かけた八木沢は、ちょうどいい機会だ、と例の話をしてみることにした。
が、今は登校時間。なるべくならゆっくり話せる時間がほしい。

「はは、僕はもう部長じゃないよ。部長は君だろう、火積?」

「っ…、お、俺の中じゃ…。八木沢部長は、永遠に八木沢部長ッス」

「嬉しいけれど、いつまでもそんなことを言っていたらだめだよ、火積。それで…。もしよかったら、今日の放課後、時間をもらえないかな。なるべくなら、他の部員も…」

「す、すいません八木沢部長。ちょっと、今日は…」

「あっ…!八木沢部長ーっ!火積部長ーっ!おっはよーございまーっす!」

後ろから元気な声が聞こえた。
新だ。

「おはよう、水嶋。部長が二人になっているよ?」

「へっへーん。オレの中ではー、八木沢部長は永遠の部長なんですーっ♪」

「……………」

「驚いた、火積と同じことを言うんだね。そうそう、水嶋…」

「…っ、火積部長!」

「あ」

新は火積の肩を抱え、そそくさと八木沢から遠ざかった。
何やらひそひそ話をしている。

「(…火積部長、まさか八木沢部長にあのコトばらしたりしてないですよね?!)」

「(してねぇよ。それより、今日の放課後、時間ねぇかって言われたんだけどよ。今日は…)」

「(そ、そうなんですかぁ?うーん、どうやってごまかそ…)」

「………?」

「あっ!八木沢部長〜。実はですね〜、火積部長になってから地獄の練習が始まっちゃいまして!もう、八木沢部長が鬼部長なら火積部長は鬼の大将部長って感じで!」

「………」

火積は右の拳を震わせていた。

「そう…なのかい?じゃあ、部活動を邪魔するわけにはいかないな。火積、新しく体制を立て直すのは大変だと思うけれど、頑張って。来年は、全国優勝目指して」

「………ッス!精一杯、やってみせます!」

「もし時間ができた時は、声をかけてくれよ。じゃあ」

八木沢を見送って、火積と水嶋は冷や汗を拭った。

「と…とりあえず、なんとかなりましたね、火積部長!」

「ああ…。今日の部の方は伊織に任せてある。お前もしっかりやっとけよ」

「オッス!」















「本当は日帰りもできるんだけど…」

「あまり急いで何かあったら大変だろう。ゆっくり見てこい。まあ、東京見学でもして」

「…父さん、遊びに行くんじゃないんだよ」

いよいよ、明後日は東京へ学校説明会に行く日。
本当は日帰りで行くつもりだったのだが、八木沢の父は新幹線のチケットと、滞在できるホテルの予約を取ってくれた。

「平日ならともかく、土日なんだしな。土産も期待してるぞ、ははは」

「(ありがとう、父さん…)」

かなでは、八木沢が東京に行く日が近づくにつれ、いてもたってもいられないらしい。
日帰りではなくホテルに滞在することを告げると、なんだか安心していたような気がするが…。

八木沢としても、かなでに会える時間が増えたことは嬉しい。

かなでには、説明会が終わったら横浜に会いに行くと告げた。
すると、「行きたいところがあるので、夜から会いたい」と言われた。
ああ、だから日帰りじゃないと言った時に安心したのか、と思ったものの、夜に外出して大丈夫なのだろうか。

「当日はとにかく私が全部セッティングしてありますから!」と言っていたが、どこに連れていってくれるのだろう。
わざわざ夜から行く場所だから、隠れた名所に連れていってくれるのかもしれない。

説明会に行くというのに、考えてしまうのはかなでのことばかり。
自分でも不真面目だと思ったが、その感情は止められるものではなかった。
それに―――

「(小日向さんのおかけで―――)」

八木沢は自室に戻り、ルーズリーフに書き込んだメモを見直した。















「(今日は早く帰って…明日の準備と)」

「八木沢部長!」

「?」

いよいよ出発が迫った金曜日の放課後。
下校する準備を整えといた八木沢のもとに、火積がやってきた。

「やあ、火積。どうしたんだい?」

「っ…。もしかして、今日はお急ぎで…?」

「ううん、大丈夫だよ」

「実は…ちょっとお話が…」



ゆっくり話そう、と二人は屋上に向かった。
八木沢も、まだ火積たちに東京の学校に行くことを話していない。
合格したらこの地を離れることになるのだから、彼らにも早めに話をしておきたかった。

「そういえば…部はいいのかい?」

「や…。ちょっと抜けるって言って、伊織に任してあります」

「そうか。…火積、この前僕が話があると言ったこと、覚えている?」

「は、はい」

「それとも、君の話を先に聞いた方がいいかな?」

「っ…。いや、八木沢部長からどうぞ」
作品名:A clematis 作家名:ミコト