A clematis
八木沢は頷いて、東京の学校に行くこと、その理由を話した。
「………!」
「校内推薦に落ちたから妥協して他の学校に行くことにした、なんて思われてしまうかもしれないけれど。僕は、そう決めたんだ」
「いいえ!八木沢部長は立派ッス!大学でも専門でも、実家の家業のことを考えての決断じゃないすか!………でも」
話をした後、火積は尊敬の眼差しを見せながら、一方で寂しそうな顔をしていた。
「卒業されちまうことで…学校にはもう八木沢部長がいないとわかってても、地元にいねぇんだって思うと…恥ずかしい話、心細ぇ。それにその…寂しくなっちまいます」
「…ありがとう、火積。でも、僕がいなくたって、君ならもう大丈夫。立派に部員たちを引っ張っていける部長になれるさ」
「恐縮ッス…!」
「それで、火積の話って?」
「………」
八木沢から聞いた話で、予定が狂ってしまった。
臨機応変に対応することが苦手な火積は、言葉に詰まってしまう。
こういう時の対処法は、新の方が得意なのだが…
いや、いつまでも部員に頼っていたら、八木沢の言う立派な部長になどなれない。
頭をフル回転させ、火積は言った。
「あ、あのッ!明日、出発の時…。部員たちで、お見送りしてもいいッスか?!」
「えっ!………う、うん。いいのかい?そんなことしてもらって…」
「も、もちろんッス。部長の旅立ちを見送るのが、俺たち部員の務めッスから」
「…はは、まだ説明会に行く程度なんだけれどね。でも、嬉しいよ。ありがとう、火積」
屋上を出た後、火積は一目散に部室に駆け込んだ。
「お、おい!テメェら!」
「あっ、火積部長〜。八木沢部長に明日の約束、返事もらえました〜?」
「………事情が変わった」
「えぇ?!」
八木沢から聞いた話を聞かせると、一同は皆驚きの声を上げた。
「や、八木沢部長が東京の学校に?!し、しかも明日は説明会?!」
「…そうなんだよ。それで、咄嗟に…。明日、全員で見送り行くって、言っちまった」
「…ほ、火積くん。でも、いいんじゃないかな…。もともと八木沢部長には、明日部室に来てもらうはずだったんだし」
「…そうですよね、伊織先輩。部室がホームに変わっただけですって!………あ、でも」
しゅん、と新が俯いた。
「例の『アレ』…。無駄になっちゃうのか…」
新の言葉に、一同も俯く。
「八木沢部長…。東京に行っちゃうんだもんね…」
「………。とにかく、明日は八木沢部長が東京に行かれる大事な日だ。最高の演奏しなきゃなんねぇ。テメェら、練習再開すんぞ!」
「はい!」
『明日はいよいよだね〜』
「はいっ!」
その夜。
かなでは香穂子と電話をしていた。
『日帰り、って聞いた時はどうしようかと思ったよ〜。昼間はお店取れないし、最終手段でホールでも借りようと思ってて』
「はい、よかったです…ホテルに滞在するってことになって」
『明日は…10時にお店だね。八木沢くんにはもう連絡した?』
「はい。明日は、夜から待ち合わせて行きます。よろしくお願いします、香穂子さん」
『任せて任せて!こっちは準備バッチリだから♪』
営業時間が終わってからという話なので、夜10時からの貸し切りとなってしまったから、終電に間に合うまでなので、あまりゆっくりはできないが…
それでも、明日のパーティーは成功させたい。
香穂子の話によれば、明日は8人ほど、パーティーの演奏のためだけに集まってくれるらしい。
そこまでしてもらうのも悪いと最初は気がひけたが、香穂子の厚意に甘えることにした。
通話を終えて、かなではヴァイオリンのメンテナンスを始める。
八木沢にサプライズを与えるため、午前中店に預けておく予定だ。
今まで、自分のためだけにヴァイオリンを弾いてきたかなで。
誰かのためだけに演奏するなんて、初めてのことだ。
けれど、なぜか。
明日は、いつも以上にうまく弾けそうな気がしていた。
「(………あと、30分か)」
時刻表を見遣って、それから腕時計を見る。
八木沢が乗る新幹線は、あと30分で出発する。
念のため早めに出てきたので、火積たちはまだいない。
まさか、見送りにきてもらえるなんて思っていなかった。
優しい部員たちの心遣いに、胸が温まる。
「八木沢部長!」
「…火積?来てくれてありが―――――え?」
火積の声に振り向くと…
部員全員が、応援団の装いで楽器を携えて立っていた。
「み、みんな…?」
「八木沢部長!………俺たちの演奏、聞いてやって下さい!」
「っ………」
♪♪♪〜♪〜…
「(これは…ムーアサイド組曲…!)」
地方大会で演奏した一曲。
それは、八木沢が好きな曲でもあった。
♪〜…
演奏が終わり、楽器を下ろしはにかむ部員たちに、八木沢は拍手をした。
部員ひとりひとりが想いを込めて吹いてくれていると、そう心から思える演奏。
通り過ぎる人々からも、「あの子たちすごいね」なんて声が聞こえてきた。
「………素晴らしい演奏だった。みんな、ありがとう。改めて、これで安心して卒業できると…確信したよ」
「これでも、時間詰めて練習したんです。俺たちには、まだこんな演奏しかできねぇけど…。次に八木沢部長に聞いてもらう日には、もっと…何倍も上手くなってるって、約束します」
火積はそう言って、ポケットから何か取り出した。
「それと………これ。俺たち部員からの、祝いの品ッス」
「………これは」
受け取って、その小さな包みを開けると。
そこには、仙台と新横浜間の、新幹線の回数券が入っていた。
決して安いものではないそのチケットを見て、八木沢は驚く。
「………っ!こ、こんな高価なもの…一体…」
「…この何ヶ月間か、部員たちでバイトして…貯めた金で、買ったもんです。一人ずつ順番にシフト回して…部活もきちんとやれるように」
「提案してくれたのは、水嶋くんなんですよ」
「八木沢部長が、かなでちゃんにたくさん会いにいけるようにーって!…でも、八木沢部長は東京に行っちゃうから…もう、意味のないものになっちゃいましたけど…」
『………何も、してあげられないなんてこと………ありませんよ!オレ…。今、思い付いたんですけど。みんなで、八木沢部長にプレゼントしませんか?!』
『み、水嶋くん。プレゼント…って?』
『それは―――――。新幹線の、チケット!しかも回数券。八木沢部長が、かなでちゃんにたくさん会いに行けるよーにっ!』
『回数券…!』
『…水嶋。新幹線の回数券なんて、安いもんじゃねぇんだぞ…』
『だーかーら。バイトするんですよっ、バイト。部員みんなでやれば、すぐお金なんか貯まっちゃいます!オレ、すぐできるいいバイト知ってますから!友達と応募オッケーみたいな!』
『…部活はどうすんだ。部活疎かにしたら、それこそ本末転倒だろうが』
『みんなでローテーションして、やるんです。土日に全員集まれれば充分でしょ。それで、八木沢部長に聞かせる曲の練習して…』
「………意味のないものなんかじゃないよ」
作品名:A clematis 作家名:ミコト