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A clematis

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八木沢は言った。

「僕は東京に行く。だから、仙台からこのチケットを使うことはなくなってしまうけれど…。新横浜から、仙台に来るためにも使えるじゃないか」

「あ………!」

「僕が小日向さんに会うために使えるように…という君たちの心遣いは嬉しい。けれど、東京の学校に行くと決まった今、この回数券は…君たちに会いにくるために使わせてもらってもいいかな…?」

「も…もちろんッス!…俺ら、八木沢部長にはホント世話になったっつーのに…。部長が辛い時、なんにもしてやれなかった。だから、せめて最後に…恩返ししたくて…!」

「火積…」

地方大会で敗北した時でさえ、涙は流すまいと堪えていたのに。
部員たちの大きな想いを目の前にした今、嬉しさが溢れ出し―――抑えることができず、つい目を潤ませてしまった。

「…八木沢部長!」

新は耐え切れなくなったように泣きながら、八木沢に抱き着いた。

「オレ、寂しいよ!笑って見送りたいのにっ…そんなことできない!」

「水嶋…」

「ボ、ボクだって…!もっといっぱい、八木沢部長と演奏、したかった…!」

「伊織…」

部員たちは、次々に八木沢を取り囲み、皆一様に涙を流した。
そして、新幹線の発車を告げるベルが鳴る。

「………っ、いつまでもめそめそ泣いてんじゃねぇ!テメェら!」

火積は乱暴に顔を拭って、姿勢を正した。
部員たちもそれにならい、涙で濡らしたままの顔を上げる。

八木沢は、新幹線に乗り込んで彼らを見つめた。

「八木沢部員の―――前途を祝しまして―――」

発車のベルの音に負けないくらいの大きな声で、火積が音頭を取る。
涙に震えたその声で、それでも精一杯に張り上げて。

「フレ―――!フレ―――!八木沢部長!」

「みんな………!」

ドアが閉まり、新幹線がゆっくりと動き出す。
それでも、部員たちはずっと八木沢の方を見たまま。

新幹線がホームを後にするまで、彼らの声は、八木沢の耳に届き続けていた。

「(みんな…ありがとう…!本当に、ありがとう…!)」

流れ落ちる涙を拭いもせず、八木沢は心の中でずっとそう繰り返していた。







仙台から東京までは、長いようで短かった。

東京の電車は横浜より更にややこしく、学校がある駅にたどり着くのも一苦労。
それから更に学校に着いたのは、説明会開始時間ギリギリになった頃だった。

説明会が終わり、やっとのことでかなでに連絡する。

「小日向さん、今説明会が終わりました。これからホテルへチェックインする予定です」

『そうなんですか!よかった、無事に終わったみたいで。お迎えに行けずにすみません』

本当は東京駅に迎えに行きたかったのだが、午前中はパーティーの用意で忙しく、東京駅に行く時間がなかった。

「いいんですよ、夜にお会いできますし。…あなたに会いたい気持ちは山々ですが、なんとなくもったいない気もしてしまって…。夜まで、もったいぶることにします」

『ふふっ!私もおんなじ気持ちです。八木沢さんが近くにいるって思っただけで、すごくドキドキしちゃって…!』

「僕もです。なんだか緊張してしまいますね。…そうそう、今日は横浜で待ち合わせた後、どこに行くんでしょうか?」

結局当日になるまで、かなではどこに行くのか教えてくれなかった。当日までのお楽しみです、と言って。
当日になったのだから、もう教えてくれるだろう、と八木沢は聞いた。

『………ふふふ。行き先は、ゆずのはです!』

「…ゆずのは?柚木さんのお店…ですか?」

『はい。だから、八木沢さんには終電に間に合うように急いで帰ってもらわなきゃいけなくなっちゃうんですけど…大丈夫ですか?』

「え、ええ。時間は聞いていましたから、余裕を持って終電を調べておきましたが…小日向さんこそ、夜遅くに大丈夫なんですか?」

『はい、私は歩いて帰れますから。それに、律くんにも了解を取りました!』

「そうですか、それなら安心ですゆずのはか…」

『………?』

「ゆずのはって、そんな夜遅くまで営業してましたっけ…?」

『………っ!あ、あのあの!その…ちょっと、貸してもらったっていうか…』

「か、貸してもらった?!お店を、ですか?」

『は、はい。香穂子さんが、柚木さんにお願いしてくれて…』

「そ、そうなんですか。…わかりました。では、9時半に横浜駅に向かいます。…楽しみにしていますね」

『はいっ!私も楽しみにしてます!』

通話を終えて、直接ホテルへ行こうとしていた八木沢は、携帯で近くにスーパーがないか探し始めた。







「(う〜…。緊張する…)」

夜、9時半前。
かなでは横浜駅で八木沢を待っていた。
頻繁に連絡を取り合っていたとはいえ、生身の彼に会うのは3ヶ月ぶり。たいした期間ではないかもしれないが、会いたい会いたいと思っていたぶん、とても長かった気がする。

季節もすっかり秋。
彼の秋の装いを見るのも初めてだし、自分の秋の装いを見せるのも初めてだ。

「こ、小日向さんっ!」

息を切らせた声で、そう聞こえた。
この3ヶ月、ずっと電話越しにしか聞けなかった彼の声が、確かに肉声で聞こえた。

「………八木沢さんっ!」

かなでは満面の笑みで八木沢に駆け寄った。
八木沢も、肩で息をしながら笑顔を見せている。

「お久しぶりです、小日向さん…!頻繁にやり取りしてましたから、久しぶりな気はしないと思っていたのに…。やはり、こうしてお会いできると、嬉しくて仕方ありません」

「八木沢さん…!会いたかった…!」

思わず抱き着いてしまいそうになったが、恥ずかしくてやめた。
夏に会った時から変わっていない互いの姿を見て、なんだか安心してしまう。

「余裕を持ってきたつもりなんですが、迷ってしまって。待ち合わせ時間に間に合って、よかった」

「ふふ、今回はお一人ですもんね。…じゃあ、ゆずのはに行きましょうか」



道すがら、八木沢は部員たちに見送ってもらったことを話した。

「………本当に、いい仲間をお持ちですよね、八木沢さんは」

かなでは八木沢の話を聞き、うっすら涙ぐんでいる。

「ええ。…彼らは、来年も全国大会を目指すでしょう。もちろん星奏学院のみなさん…あなたも」

「は、はい。そのつもりです!」

「彼らは、今年より何倍も何倍も上手くなる。そう確信しています。至誠館は手強くなりますよ?」

「っ…、望むところです!来年も、全力で挑ませてもらいますから!」

「ふふ。それはよかった」

八木沢は安心したように微笑んだ。

「あっ、お店が見えてきましたね」

「………香穂子さーん!」

ゆずのはの前では香穂子が待っていた。
香穂子も二人に気づいて手を振る。

「いらっしゃい、二人とも。八木沢くん、久しぶりだね!」

「はい、お久しぶりです。あの…香穂子さん。今日は、お店を貸して頂いたとのことで…」

「あっ、お礼ならオーナーに言って♪って言っても、オーナーもすごく乗り気だから、あんまり恐縮しないで?」

「あ、ありがとうこざいます…」

申し訳なさそうにしている八木沢に、香穂子は笑顔で言葉をかける。
作品名:A clematis 作家名:ミコト