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A clematis

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「…じゃあ。かなでちゃんはお預かりして。八木沢くんは、ここでちょっと待っててもらえる?」

「す、すみません。ちょっと私…先に、入りますね」

「えっ…」

香穂子はかなでを連れて、先に店内に入ってしまった。
一人取り残されて首を傾げていると、香穂子たちと入れ替わりで柚木が店の外に出てきた。

「お待たせ。雪広くん、久しぶり。元気そうで何よりだよ」

「あっ、柚木さんっ…。お久しぶりです。あの、今日は…」

「はい、話はあとあと。さ、入って」

「え?え、」

ずいずいと背中を押され、八木沢は店内への地下の階段を下りた。



「(………あれ?)」

なんだか、前回来た時と店の様子が変わっていることに気づく。
奥のテーブルが片付けられ、キーボードや椅子が並べられていた。

「(どうしてお店にキーボードが…?)」

「はい、君の席はここ。…じゃあ、ちょっと待っててね」

キーボードが置いてある、小さなステージのように飾られた場所の前のテーブルに座るように言われた。

かなでも来ないし、何がどうなっているんだろう…。

「?!」

いきなり店内の電気が消えた。
何事かと席を立とうとすると、目の前に続々と人が集まってきた。
暗い中目を凝らすと、そこにはかなでの姿も。
よくよく見ると、ヴァイオリンを持っている。

と、目の前のスペースだけに照明が灯った。

八木沢は、目を見張る。

「………。今日は、八木沢さんの…専門学校合格の前祝いとして、演奏をさせて頂きます。…みなさんは、この日の演奏のためだけに、集まって頂いた…香穂子さんと、柚木さんの高校時代のお友達の方々です」

「?!………火原先生?!」

八木沢はどきりとした。
目の前には、確かに火原がトランペットを持って佇んでいる。
火原は小さく手を振った。

「(そ、そんな。なんで火原先生が…って、前祝い………?)」

かなでがキーボードの男性に目配せすると、ピアノの演奏が始まった。

♪〜♪♪♪♪♪♪♪〜♪〜♪〜…

八木沢は、唖然としてしまった。
どんなコンサートでも、CDですら、こんな完成度の高い演奏は聞いたことはない。

それもそのはず、ヴァイオリニストの日野香穂子。
学生時代はいくつものコンクールで、トランペットで入賞してきたという火原和樹。
全国大会でかなでたちにトロフィーを渡した、世界的ヴァイオリニストの衛藤桐也。
まさか、柚木がフルートを吹けるとは知らなかったが…。

どこかで見たことのあるヴァイオリンの男性も、ヴィオラの男性も。
チェロの男性もキーボードの男性も、クラリネットの女性もプロであろう演奏を奏でている。

一体、これは…

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜
♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜…

………でも。
その中央でヴァイオリンを奏でるかなでが、一番光って、美しい旋律を奏でているように思えた。

その響きに、時を忘れたようにぼーっとしてしまう。

♪〜♪〜…♪〜………

「………ありがとうございました!」

一礼するかなでに習い、一同も頭を下げる。
八木沢は、やっと現実世界に引き戻されたような心地で、拍手をした。

「す…すごい…!素晴らしいとしか、言えません…!」

一同は楽器を置いて、互いに顔を見合わせる。

「…ぐだぐだだな」

「ぐだぐだ…ですね」

「やっぱりブランクはどうしようもないよね〜」

口々にダメ出しを始める彼ら。
ぐだぐだ?今のが?今ので?

「ごめんなー。おっさんたちの中には、ブランクある奴もいるからさー。大丈夫だとは思ったんだけど、やっぱ微妙だったな」

そう話しかけてきたのは、衛藤。
世界的ヴァイオリニストを目の前に、八木沢は言葉も出ない。

「…でも。彼女の演奏は、素晴らしかったな」

「(やっぱりこの方は、どこかで…)」

「月森くん、手加減してよ〜。月森くんのペースで弾かれちゃったら、私たちがついていけるわけないじゃない!…でも、かなでちゃんの演奏だけはよかったよね♪」

「(月森…月森、そうだ!彼は…)」

「………」

ふとかなでの顔を見遣ると、かなでは顔面蒼白していた。

「こ…小日向さん…?」

「っ………。きんちょう、したあ…」

力無く八木沢にしなだれかかってくるかなで。
そうだろう、と八木沢も冷や汗を拭った。

「あははっ!八木沢くん、驚いたー?」

「火原先生…!なぜ、ここに」

「柚木に呼ばれてさ、仙台からひとっ飛び!本当はさ、きみもこっちに来るって聞いたから、一緒に来ようかな〜って思ったんだけど!柚木がだめだ、って」

「だって、一緒に来てしまったら驚きが薄れてしまうだろう、火原?」

「そうだよね!八木沢くんの驚いた顔、見れてよかった〜!」

「はいはい。じゃあ、星奏学院卒業生の方々は、あちらに」

「つーか、今日のギャラって出んの?」

「…出るか、バカ。お前、稼いでるくせにまだ金ほしいのか?」

「冗談だって。もー、梁太郎さんは相変わらず冗談通じないんだから」

「お腹空いた…」

「あ、志水くん。えと…柚木先輩がお料理出してくれるって…」

「月森くん、この前テレビ見たよ!きっちりDVDに録画したから!」

「…ありがとうございます…」

「柚木さん、いいですねこのお店。今度、職員たち呼んで食事したいんですが」

「大歓迎だよ。是非、ご贔屓に」

みんな思い思いに話をしながら、八木沢たちとは反対側のテーブルへ向かう。

「………」

「………」

「………あの」

八木沢が声をかけると、かなではやつれた顔を上げた。

「香穂子さんが…みなさんを呼んでくれたんですけど…。まさか…あんな有名人ばっかりだなんて…私も…今日初めてお会いして…」

「す…すごいメンツでしたね。知り合いでもないのに、こちらが一方的にお顔を知っている方までいらっしゃいましたし…でも」

八木沢はかなでの手を取り、続けた。

「素敵な演奏をありがとう、小日向さん。…あなたの音、僕の心の奥まで響いてきました」

「…八木沢さん」

「本当に驚きました。…これだけのパーティー、きっとずっと前から企画して頂いてたのでしょう?…あなたの気持ち、本当に嬉しいです。前祝い…とのことでしたが。きっと、特待で合格してみせます」

「…はいっ!全国大会の時の真似しちゃいました。けど、八木沢さんなら絶対合格しますから!」

「はい。お約束しますよ」

今日は、素敵な演奏を一日に二回も聞けた。
なんて幸せなんだろう、と八木沢は浸る。

「では、お料理をお持ちしますので、少々お待ち下さい」

柚木と香穂子が席を立ち、店内の一同に告げた。

「今日の残り物ですけどね!」

「………日野さん?」

「……………すみませんでした」

「あっ!」

と、八木沢が席を立つ。

「ん?どうしたんだい、雪広くん」

八木沢は柚木に近寄り、こっそりと耳打ちした。

「………え?大丈夫だけど」

「ありがとうございます。…では」

八木沢はかなでに向き直ると、言った。

「少しだけ、席を外します。すみません」

「えっ………え?」

八木沢は、柚木たちと共にバックへ行ってしまった。
作品名:A clematis 作家名:ミコト