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A clematis

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「じゃあ、最後までゆっくりしていってね」

柚木に会釈してから、改めてデザートに向き直る。

「いただきます!………おいし〜♪」

「ああ、確かにうちの店そのものの味だ。なんだか安心しますね」

足りなそ〜、と言いながら、まるでほっぺたを落としてしまいそうに顔を綻ばせているかなでを見て、八木沢は言った。

「…いつか、僕が和菓子を作る隣に、あなたがいてくれたら…。そんな夢を見ている僕は、おかしいでしょうか…?」

「………八木沢さん。私も同じ夢、見てもいいですか?」

かなでの返事に、八木沢は安心したような、泣き出してしまいそうな顔をする。
こんなに、嬉しさと幸せで胸がいっぱいになったことが、今まであっただろうか。

「あなたが隣にいてくれたら、僕は今よりもっとたくさんの和菓子が作れてしまいそうです。あなたへの想いはほんのり甘くて、極上のお菓子みたいで………って、僕は何を言っているんでしょう」

上がりすぎですね、と八木沢は首をさする。
彼が最大限までに照れた時にだけ現れる、クセ。

「………。なんだか、最後のひとくちを食べちゃうのがもったいない気がします」

かなでの器には、梅ゼリーがひとくちぶん残っている。
残りのシロップを全部使える、一番おいしいところ。

「そうですね。…僕もちょうど、ひとくちぶん残っている。…せーの、で一緒に召し上がりませんか?」

八木沢の申し出に、それはいい!と頷くかなで。
だが、ちょっとだけ考え込む。

「あの。ちょうどひとくちぶん残ってるから…。お互いに、食べさせ合いませんか…?」

「えっ…」

お互い、首まで赤く染まっている。

「私が使ったスプーンで食べさせるなんて、はしたないでしょうか…」

おずおずと、不安げな瞳で問う。
八木沢は、首を振った。

「あなたがよろしければ…。僕に、食べさせて下さい」

「………!は、はい…!」

ひとかけらの梅ゼリーに、たっぷりとシロップを絡ませて。
ぎこちなく開けた八木沢のくちもとに、ゆっくり運んだ。

「………。今まで生きてきた中で、一番おいしいものを食べたような気がします。…なんて、自分の家の菓子なのに、自画自賛でしょうか…」

次は僕の番ですね、と八木沢はスプーンを持った。



「な…なに、あの子たち…。超カワイイ…!」

香穂子はバックののれんの隙間からかなでたちを眺め、涙目になっていた。

「ふふ。俺たちにもあんな時代があったね」

「(………あったっけ)」

「…なかったかな。じゃあ、今から彼らの真似でも、する?」

ぐい、と肩を抱き寄せられて、香穂子は大きく頷いた。

「します!」

「…仕事中にそんなことするわけないだろ。バカ」

「………」



「ごちそうさまでした」

「ご満足頂けたかな」

気がつけば、時間は9時。
デザートを食べた後、かなでたちは店を後にしていた。
店の入口で、かなでたち四人は話していた。

「もう、本当に素敵でした!お料理も、お店も!」

かなでは興奮気味に語った。

「本当に…。よくして頂いて。今度、実家の方からお礼の品をお贈りしますね」

「いいんだよ、気にしないで。…これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ。仙台にいらした際は、うちのお店に寄って下さいね。家族一丸となっておもてなしします。…是非、お二人で」

八木沢が言うと、柚木と香穂子が顔を見合わせた。
それから、香穂子は照れたように笑い、柚木はいつものように微笑む。

「それはもう。彼女はすっかり、君のお店のファンだからね」

「あっ!よ、よかったら。番号、交換しない?」

香穂子はかなでを覗き込んだ。

「えっ!…い、いいんですか…?」

「ぜひぜひ〜!私、近くに住んでるから。今度遊ぼ♪」

年上のお姉さんに「遊ぼう」なんて言われたのは初めてだ。
かなでは喜んで連絡先を交換した。

「では、僕たちはこれで。今日は、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました!おいしかったです!」

何度も振り返りながら帰っていく二人を見送って、柚木は言った。

「…そういえば。雪広くんは至誠館の子なのに、どうしてあの子と付き合ってるんだろうな」

「しせいかん…?なんですか、それ」

「…お前、本気で言ってるの?」

「しせいかん…?しせいかん、しせいかん、………あ」

ついこの間の、全国学生音楽コンクール。
香穂子たちは、かつての仲間たちと一緒に、鑑賞に行ったのだ。

その時、予選決定戦まで勝ち残った高校―――至誠館。
あと一校は―――

「そうだ。至誠館…八木沢くんは、至誠館の出場メンバーだったんですね…」

「…そういえば、お前は決定戦の演奏が聞けなかったんだったか。…ちなみに、あの小日向さんという子は、至誠館を負かせた―――星奏学院の出場メンバーだぞ」

「……………えっ」

そうだったんですか?!と、香穂子は大袈裟に驚いた。
あの日、香穂子は本業が入っていたため、決定戦の演奏を聞くことなく会場を去ってしまったのだった。

「そうだ…。星奏学院の演奏って、ちっとも聞けなかったんだよなぁ…」

「午前の部も遅刻してきたからな、お前は。OG失格だな」

「うう…すみません…。ていうか!柚木先輩、あの子のこと知ってるそぶりなんて全然見せなかったじゃないですか!」

「雪広くんは敗戦校のメンバーだぞ。易々と話題に出せるか」

「あ、そっか…。じゃあ、あの二人はライバル校の生徒同士なのに付き合ってるってこと?」

「そうなるな」

「………なにそれ。なにそれ!すっごく萌えるんですけどおおおおお!」

かつての記憶を取り戻したのか、香穂子はやたら熱くなっている。

「ほら、さっさと仕事に戻るよ。今日はラストまでだろう?」

「はい!あ、えっと…今日は…」

「もちろん。話の続きは、家で聞くよ?」







「………」

「………」

菩提樹寮に到着するまで、二人の間に会話はなかった。
話したいことがありすぎて、何から話したらいいのかわからなかったから。

でも、気まずいわけじゃない。
目が合うと、照れ隠しで思わず笑ってしまい。
何か話そうとすると、タイミングが被る。そしてまた、照れ笑い。
それの繰り返しだった。



「………つきました、ね」

長かった沈黙を破ったのは、八木沢だった。
かなでは立ち止まる。

「………終わってほしく、ないです」

今のこの瞬間が、とぽつりと呟くかなで。
八木沢は、そんなかなでの手を取った。
触れられたことに気づいて、かなでははっと八木沢を見上げる。

「…今日一日、ずっとあなたに言いたかったことがあります」

「えっ…」

一体なんだろう。
八木沢は、口を開いてはつぐみ、を繰り返して、なかなか言い出さない。
が、深呼吸の後、ようやくその言葉を聞くことができた。

「…今日のあなたは、特別…きれいで、可愛かった。もちろん、僕は毎日あなたのことを可愛い方だと思っています。けれど、今日はいちだんと…」

「………!」

おしゃれをしたことについて言ってくれているのだとわかり、かなでは驚いた。
作品名:A clematis 作家名:ミコト