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A clematis

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八木沢は、きっとおしゃれしたことになど気づいていない…というより、なんとも思っていないと思い込んでいたから。

「本当は…。今日、ここであなたと待ち合わせした時に言いたかった。それなのに、どうしても照れ臭くて、言葉にできなくて…」

はあ、と胸を撫で下ろして、八木沢は続けた。

「今日が終わる前に、伝えられてよかった」

「あっ…ありがとう…ございます…」

どきどきしてしまって、それしか返すことができなかった。
そっけない返事だと思われただろうか。
いや、八木沢ならきっとわかってくれているはず。

…きっと今、私は真っ赤で、何よりも嬉しいという顔をしているはずだから。

「では、僕は男子棟へ帰ります。………また、明日」

触れた手を、離したくなかった。
けれど大事な彼女を、いつまでも外で立ちっぱなしにさせているわけにはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで、八木沢はかなでに背を向けた。

「八木沢さん…。大好き、です…」

八木沢に触れられていた手をもう片方の手で、守るように握って、
かなではそう呟いた。















「素敵な思い出をありがとう、小日向さん。…高校最後の夏、それ以上に思い入れのある夏になりました」

新横浜の駅についてから、かなではずっと泣き続けていた。

今日は、至誠館の部員たちが仙台へと帰ってゆく日。
全国大会は星奏学院の優勝。
八木沢の言った通り、かなでたちは全国優勝を成し遂げたのだった。

「…僕たちが叶えられなかった夢を叶えてくれて、ありがとう。君たちと競えたことは、僕たち至誠館吹奏学部にとっての…誇りです」

泣いているかなでに、「泣かないで」なんて言わない。
だって、自分も泣き出してしまいそうなのだから。
でも、自分は泣けない。彼女の前で、涙など見せたくない。

これは、永遠の別れなんかじゃないのだから。
最後まで男らしく。

八木沢は、震えた声で言った。

「…すぐにあなたに会いにきます。だから、それまで待っていて下さい」

「八木沢さんっ………!」

行っちゃやだ、帰っちゃだめ、と八木沢の腕の中で繰り返すかなで。
そんな光景を見て、狩野や伊織、新も鼻を啜っている。
火積は目を閉じたまま、俯いていた。















『プレゼント、届きました。どうもありがとう』

「気に入ってもらえましたか…?」

『ええ、もちろん。大切に使わせて頂きますね』

八木沢が仙台に帰ってからも、二人の関係は順調だった。
やはり、会えないのは寂しいが…。週に一回の長電話は、かなでにとって一番幸せな時間。

それ以外に、二人はブログで交換日記をしていた。
意外なことに、それを提案したのは八木沢。
「文明の利器は有効活用しましょう」と、電話で丁寧にパソコンの使い方を教えてくれた。

「実は、あのプレゼント…。香穂子さんが一緒に選んでくれたんです」

『そうだったんですか。ありがとうございます。…そうだ、香穂子さんといえば…』

かなでは、「ゆずのは」で出会った後、何回か香穂子と会っていた。
忙しいらしいのに、時間を作っては遊んでくれる。
すっかり仲良くなってしまった。

『この前、中学の時の恩師…火原先生にお会いしたことは、ブログにも書きましたよね』

「はい!あの、元気な先生ですよね?」

『そうそう。それで、火原先生も星奏学院出身の方なので…。香穂子さんについてお伺いしたんです。そしたら、びっくりするお話を聞いてしまって。…香穂子さんは、最近名を上げ始めた若手ヴァイオリニストだそうですね』

「え…っ?」

香穂子とは、ヴァイオリンの話なんて一度もしたことがなかった。
彼女も、ヴァイオリンをやっていたのか?
と、そこまで考えて、あの時感じた「引っかかり」を思い出す。

そうだ…
日野香穂子。それは、律が「彼女のコンサートは、一度観にいくといい」と言っていた、ヴァイオリニストの名前。

「な…な、な、な、なんでブログに書いてくれなかったんですかっ?!」

『あなたを驚かせたかったからです』

予想通りでしたね、と八木沢は笑った。

『ワンマンコンサートをやっているようなヴァイオリニストなのに、香穂子さんは本当に気さくな方ですよね』

「わ…私、すごい人と知り合っちゃったんですね…」

『ええ、それはもう』

「今度お会いした時…そのことについて、聞いてみます。…そうだ、八木沢さん。大学推薦の方は、どうなりましたか?」

最近のブログの話題は、八木沢の進路に関することが多い。
成績優秀な彼は、もちろん既に進学したい大学を決めている。

『推薦の願書は提出しました。まずは、校長に認めて頂いてからですね。…11月には決まりそうです。なので―――』

八木沢はいったん言葉を切り、もったいぶるようにしてから続けた。

『受験が終わったら、あなたに会いに行ってもよろしいですか?』

「………!」

本当は、毎月にでも会いたかった。
が、八木沢は受験生。それを配慮して、かなではむやみに「会いたいです」とは口にしなかった。
だが、とうとう会える日がくるのだ。

「も、もちろんです…っ!私も寮じゃなければ、八木沢さんに会いにいったのに…!」

『女性のもとには、男性が通うものです。…気にしないで下さい』

「っ………。ふふ、嬉しいな…」

『会いにいけそうな日がわかったら、すぐご連絡しますね』

それから2時間ほど話をして。
名残惜しく、週に一度の長電話は終わった。

「(11月、かあ…)」

カレンダーをめくって、顔をにやつかせてしまう。
今日が八木沢の誕生日。9月3日だから、あと約2ヶ月で彼に会える。

彼が進学したいという大学のことは、夏休み中、至誠館のメンバーも話題にしていた。

『八木沢は安全圏どころか推薦枠に入れるんだもんな〜。宿題なんかしなくたって、進路に影響ないんだぜ?』

『そうですよねー、八木沢先輩にとって宿題なんて、あってもないようなものですよう』

『な・の・に!なんで、お前はきちんと宿題済ませてるかなああああ?!』

『そうですよう!オレも狩野先輩も、普段の成績すらヤバいのにちっとも手をつけてないんですよっ?!』

『…普段の成績に危機感があるなら、余計宿題はきっちりこなすことだよ。狩野、水嶋』

…八木沢が進学したいという大学は、仙台では二番目に偏差値の高い大学。
そこを推薦で安全圏だというのだから驚きだ。
彼曰く、そこの商学部に入りたいらしい。
更に、その大学には吹奏楽のサークルがあるのだが、これがまた規模の大きなサークルで、
その大学に入れば、トランペットも続けられるとのこと。

「(八木沢さんのことだもん…。きっとすんなり受かっちゃうよね)」

会いにきてくれた時は、八木沢が受験を終えている時。
つまり、大学に合格した後だ。

何かお祝いをしなければ。そうだ、香穂子に相談したらどうか?
彼女には、他にも聞きたいことがある。
明日連絡してみよう、とかなではベッドに入った。















「おはよう」

「……………」
作品名:A clematis 作家名:ミコト