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連理

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 元親の声から迸る怒気が抜け落ちた。それを聞き取って、家康はようやく、心の底から微笑むことが出来た。
「元親……!」
 そして家康が友の名を呼ぶのと、大気を揺るがす轟音が近づくのは同時だった。耳をつんざく聞き慣れた飛行音に家康はぱっと頭上を振り仰ぎ、元親もまた異様な速度で接近するそれにぎょっとして空に視線を移す。
「う……おおぉッ!?」
 予想したよりも近かった。
 滑空した鋼鉄の武将は、元親の脇すれすれを掠めて勢いよく地面に降り立った。思わず声をあげて避けた元親へ、上から涼やかな声が降る。
「間抜け面だな、からす」
「ってめ、サヤカ!」
 言いながら元親が見やれば、本多忠勝が仰向けに伸ばした掌に片脚を乗せ、肩に背を預けたような格好で、雑賀孫市が腕を組んだまま元親を見下ろしていた。
「孫市!?どうして忠勝……と……」
 雑賀は家康の許可を得て以来、定期的な報告以外は潔いほど姿を見せずに飛びまわっていた。珍しくも姿を見せた雑賀の首領に、元親のことも含めて仔細を尋ねようとした家康は、言葉の途中で異変に気付いて眉をひそめた。
 その表情の変化を読み取り、雑賀はわずかに眼を曇らせる。
「……本多が良い所を飛んでいてくれて助かったぞ、徳川。おかげで早くここへ辿り着いた。まさか本多も哨戒ついでに私を拾うとは思わなかったろうがな」
「サヤカ、おい、」
 家康と同じく表情を変えた元親が、やや切羽詰まった声で問う。
「お前、その脚どうした!?」
 孫市は苦々しげな色を浮かべたが、自分の失態を指摘されて黙りこむほど幼くはない。忠勝に預けているのとは別の片脚は、手当てはしてあるものの表面に巻かれた布に赤黒い染みが浮き出ている。膝の下にすらりと伸びていたはずの脚の妙に骨ばった形が、脚の内部が徹底的に砕かれていることを伝えていた。
「すまない、徳川。私の不覚だ」
「謝ることなどない!忠勝、そのまま支えていてくれ、揺らすなよ、誰か――」
「案ずるな、手当ては終えた。我らの中にとて匙はいる」
「だが」
「元親」
 孫市が不意に言葉をかける先を変える。仇でも見るように孫市の脚を睨みつける男の姿を眼にして、孫市は誰にもわからぬほどかすかに瞳に安堵を滲ませた。
「わかったのだな。自分の眼で、答えを見つけたな」
「―――ああ」
 答えながらも、元親は顔を歪めたままだ。嫌な予感がしていた。
「……サヤカ、お前、この傷は……どこで受けたんだ」
 孫市は憂いを含みながらも鋭い目線を向けて、唇を開いた。
「いちいち問いに答えるのは面倒だ。単刀直入に言う。
 四国攻めを徳川の仕業に見せかけ、お前と戦わせるよう仕向けたのは……石田と大谷、そして毛利元就だ。ついでに私の「これ」は大谷の土産だな」
 元親が息を呑み、同時に家康は顔を強張らせた。三成、と家康がかすかに呟く。
「てめえサヤカ、何でそれを言わなかった!」
 そうと知っていればこの昔馴染みに傷を負わせることもなかった。悔しげに叫ぶ元親へ、孫市は冷静な眼を向ける。
「からすめ。あの場所で知ったら、お前はどう動いた?脳の隅まで血が昇ったままあそこで暴れてまさか勝機があったとでも?」
 相手は凶王の軍勢なのだぞ。念を押すように告げた女の真剣な眼を見て、元親は苦く口を歪める。
「お前たちが無事に抜けたのは偶然の産物だ元親、何の準備もなしに即日行けと誰が言った」
 孫市が溜息と共に呟く。元親はついに捉えた仇の名を、押し殺した声で繰り返した。
「毛利、……大、谷……ッ!」
 それではあの日に向けられた殺意は誤解故ではなかったのだと、ようやく悟った元親は唸り声をあげた。だが一方で、こうして直接真実を告げられてなお、元親にはひとつだけ納得しきれないものがある。
「孫市」
 そして家康が先にそれを口にした。
「三成は……そんなことが出来るような奴じゃない」
 孫市は、信じられないものを見るような眼で、契約者である青年を見据えた。家康は眼の前の美しい鳥が、痛々しい傷を負いながらも解き明かしてくれた真実を疑いはしない。だが、この一点だけは言わずにはいられなかった。
「ワシが言うのも何だが、……三成は、いっそ莫迦というほど融通のきかない男なんだ。そんな卑怯な真似が出来るとは思えない。……あいつは、……本当に、見ていてもどかしくなるほど手を回すということを知らなくて、」
「徳川。あれはお前の敵なのだろう」
 以前交わしたものと似た問いを確認するように言われ、家康は言葉を切った。
「すでにお前が知っている石田とは違うのだ。変わり果てた中で、望ましいものだけが不変であると信じる方が愚かしい」
「―――俺も、そう思うぜ」
 元親が同意し、家康は小さく息をついて、その惑いを己の内に仕舞いこもうとした。
「家康の言う通りだ。……あいつにゃ、無理だ」
 家康が驚いて元親を見つめると、元親は複雑そうな顔をして言った。
「俺はよ、ついさっきまでお前のことすらよく見えてねえような……ざまだったがよ、それでも思う。石田はンなことが出来るほど――なんつうか、……器用じゃねえよ」
 孫市は信じ難い二人組に交互に視線を流してから、ふと呆れたように眼の端を緩めた。
「……我らは真実と判断した情報をお前たちに渡した。それをどう解釈するかは、お前たちに任せよう」
「すまない」
「謝るならばその締まりのない顔をやめろ」
 傍から見てすぐわかるほどではないが、孫市には知れたことだ。今、徳川家康は、ひどく珍しいほど静かに高揚している。
「何せ、私もこの有様だ。偉そうなことは言えまい。徳川、お前が望むならば戦を終えるまで雑賀衆はお前に預けるが、私は切り捨てろ」
「そういう言い方をするなよ、孫市。わかっている、無理はしないでくれ。……脚だけじゃないんだろう」
 孫市は唇の端だけで苦く笑った。腕を組む姿勢が隠している腹か胸、傷がどちらにしろ早く身体を休めて欲しい。家康としては己の冤罪を晴らし、元親の誤解を解いてくれただけで充分だ。
「忠勝、孫市を運んで――」
「それには及ばない。この場へは急いでいたから力を借りたまで。傷を負ったとて矜持まで傷つけるわけにはいかない」
 怪我の影響など見せない身軽さで降りようとした女の動きを防ぐように、それまで止まっていた忠勝が駆動音を響かせて全身を震わせた。孫市が怪訝な顔を向けると、鋼鉄の隙間からひとつだけ覗いた眼がじっと孫市を見つめている。
「頼んだぞ、忠勝!」
 朗らかに言い切った男の顔を見下ろして、孫市はもう一度苦笑を零した。それは先程の自嘲を押し隠した笑みよりは、少しだけ和らいだものだった。


作品名:連理 作家名:karo