二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

てのひら、ひとひら

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「…んん?ちょっとした確認?みたいな?」

一瞬、狼狽えた土方にも何処吹く風で、銀時はへらりと笑ってみせた。掴んだ土方の腕は、持ち上げた角度から着流しと羽織の布地が肘近くまで落ちて、その白い肌が剥き出しになっている。
ひんやりと冷え切って滑らかな感触。逃げ出されないよう指の力は変えぬ侭、銀時はするりと手首までを撫で上げる。 
丁度、親指は脈を図るように、手首の内側の薄い皮膚の下、薄青く浮き上がる静脈の上にひたりと当てた。
銀時の行動の意図を図りかねているのだろう、息を詰めていた土方の指がぴくりと小さく震える。他愛ないこんな戯れにも感じてしまうのだと、その敏感さに銀時の胸の中が小さく跳ねたが、それを口にしてしまえば十中八九、間違いなく斬りかかられるだろうから言葉にはしない。

「……何が確認だ。訳解んねぇこと言ってんじゃねぇよ。その前に何だぁ? その語尾上げ三連発。カワイコぶってんのか? 気色悪ぃんだよ、この糞天パが!」

言葉にしなくても、すぐ間近で覗き見るように視線を合わせる銀時の眸の中に浮かぶ色にそれを察したか、更に土方は機嫌を損ねたようだ。
先程浮かんだ目許の朱色が一層、白い肌に映えて色濃く染まった。そんな憎まれ口、照れ隠しにしか見えないと言う事を、土方は全く自覚していない。
だからこそ、揶揄いがいもあるのだが。
けれど、日常茶飯事と化したそんな口喧嘩のコミュニケーションの楽しみは横に置き、銀時はそんな土方の暴言も聞き流して、ただ柔らかく笑う。毒気を抜かれたように、土方の表情からも険が薄れて行った。

「…すっかり冷えてんのなぁ、多串くん。俺も人のこた言えねーけどさ」
「解ってんならその手、解け。冷てぇ。何なんだよ確認ってのは」
「んー。そうだねぇ、忘れちゃいけない明日の学校で必要な持ち物チェックみたいな」
「………は?」

のらりくらりと要領を得ない銀時の答に、土方の眉間の皺がまたきつくなる。
銀時はそれにも構わず、もう片方の手を挙げると土方の肩へとゆるりと回した。
もう一歩。きゅ、と雪を踏む音が足元で響く。これで二人の距離はもう殆ど残っていない。限りなく0に近いその距離に、土方の双眸が見開かれた。
それを間近で覗き込むと、瞳孔が開き気味の土方の眸の色合いが、今のこの雪空に似ていると感じて、また銀時の笑みが深くなる。
土方の手首でその脈を感じていた親指の腹に、とくとくと先程よりも速くなった鼓動が伝わった。
肩に回した手は、羽織に包まれたその形を確かめるように、ゆっくりと辿りながら背へと回り、土方を抱き締める。

「…ちょっ、テメ、道端で何してっ…!」

例え人気はなくとも、天下の公道でのこの唐突な銀時の行動に、更に狼狽えた土方の声が銀時の耳元を擽った。

「来ねー来ねー、人なんざ来ねーよ。大体、こんな糞寒ぃ中、ほっつき歩いてる物好きなんざ、俺とお前くらいだよ」

それに適当な返答を返す銀時は、無論、この腕を解くつもりなどさらさらない。土方は傘を持つ手を取られ、もう片方の手は銀時が抱き締める腕の中に抱き込まれ、両腕を塞がれた格好だ。
誰かに見られたら、と焦って身じろぎをしたとしても、銀時の腕の輪からはそうそう逃れられない。
背へと回した腕は肩胛骨を辿り撓る背骨を抱き込み、布越しに伝わって来る体温を丁寧に拾い上げた。

「コラ、離せってこの馬鹿が!」
「…ちょい、こうしててよ。あったけーから」

もう少しこうして、感じていたい。
触れた場所から互いの熱が混じり合い、降る雪の冷たささえも今は気にならなかった。
いつしか、土方の抵抗の動きも消えている。
下手に暴れると、足元を雪に浚われると観念したのかもしれないが、土方は大きな溜息をこれ見よがしについたのを最後に、結局、銀時の腕を拒もうとはしなかった。
それを、銀時は知っていたのだ。
彼が不意打ちのようにこうして、前後の脈絡なく甘えてくる自分を突き放せるような性分ではない事に。
そんな彼の優しさにつけいるような自分を、何処か覚めた目で侮蔑するように眺めているもう一人の自分を遠く朧に感じながらも、嗤うならば嗤えば良いさ、と開き直る。
俺はもうお前じゃない。
雪を見ても何も感じなかった自分ではない。
例え今も『白夜叉』の名がこの身につきまとい、決して拭い去る事の叶わぬ影としてずっと追い掛けて来ていても。
この温かさを、お前は知らなかった。
けれど、俺は知っている。
こんなにも、強く、深く、愛おしく。
それは誰にも聴かれる事のない、密やかに胸の奥に秘めた呟きで、そっと吐き出した息の白さと共に、音となる事もなく虚空へと消える。
ただ、冷えた唇が熱を欲しがって、だから銀時はその思いの侭に顔をずり上げると、すぐ間近に土方の顔がある。ほぼ同じ身長と体格の男同士だ。当たり前と言えば当たり前なのだが、それが銀時には嬉しかった。
背伸びをする事も、背を屈める事もなく、すぐにも触れあえる、そんな近さ。
唇と唇とが、引き寄せられるように自然に重なる距離。
眼差しを見交わしながら柔らかく笑う銀時に、微かに土方は目を眇め、そして何も言わずその侭、静かに瞼を下ろす。
そうして触れた土方の唇は、袖から覗く素肌はあんなにも冷え切っていたと言うのに、まるで熱を欲する銀時を待っていてくれたかのように、ほんのりと柔らかく暖かい。
湿り気を帯びているかと、何とはなしにそう思っていた土方の唇は、僅かに荒れてかさついた感触を銀時に伝えて来る。冬ともなれば空気は乾燥しがちなのだから仕方ないとは言え、雪の降る日にこれと言うのは、やはり煙草の吸いすぎじゃないだろうか、と。そんな事をちらりと脳裏に思い描きながら、銀時は薄く唇を開くと舌先を小さく突き出して、土方の唇を舐め上げる。

「……擽ってぇ…」
「黙ってなよ。そのまんまじゃ、罅割れちまうだろ」

柔く濡れた感触に、土方が抗議めいた声を小さく上げて、銀時は可笑しさを覚えるとまた小さく笑う。笑いながら、今度は先程よりもゆっくりと、土方の唇の輪郭を舌先でなぞりあげるように濡らして行った。
どうせ土方のことだ。荒れた唇を癒す為のリップクリームなど、あの甲斐甲斐しい監察方の山崎辺りが用意してやったとしても、『そんな軟弱な物が使えるか』と、突っ返しているに違いない。
けれど、今はその不器用なまでの意固地さがありがたいと、銀時は思った。リップクリームなぞに、この役目を譲りたくはない。
丁寧に、執拗なまでに銀時は土方の唇の表へと舌を這わせ、そして唇が触れあう度にそっと柔らかく息を吹きかけては濡らしていく。何時しか、煽られたのかそれとも呼吸を楽にしようとしてか、小さく開かれた土方の唇の間にも、互いの熱で熱く熟れた舌を差し込み、そして絡めた唾液を啜った。

「……ん、……っ」

微かな濡れた音が、雪の降り積もる音さえ聞こえてきそうな静けさの中、響いている。始めは頑ななまでの堅さと乾きを帯びていたその唇は、呼気の合間に漏れる甘やかな吐息の音と共に、ゆるりと解れて溶けて行く。
作品名:てのひら、ひとひら 作家名:琴尾はこ