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ぐらにる 眠り姫4

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 嫌な音がして、急に息苦しくなった。これは、いつもとは違う、と、わかっても、どうすることもできない。逃げるつもりはない。怒りを覚えるのは、当然だし、本来は処刑されていてもおかしくないのだから、暴行を受けることもあるだろう。彼らは、口々に罵るような言葉を吐いていたが、俺には、あまり聞こえなかった。
・・・戦争だから、誰だって死ぬ確率は跳ね上がるんだよな・・・
 それじゃあ、もし、また、戦争が起こったら・・・と、考えているうちに意識が遠くなった。



 いつもと違う感覚で、目が覚めた。うまく身体が動かないので、首だけ左右に振ったら、ビリーが顔を覗かせた。
「よかった。目が覚めたかい? 眠り姫。」
 また動かなくなった眠り姫の回収に出向いた隊員によって、眠り姫は発見された。というか、暴行現場に出くわして、慌てて、他の隊員たちに応援を要請したほどだ。その間に、暴行していた相手には逃げられたが、基地内で、その騒ぎを起した人間は、すぐに判明した。ガンダムマイスターたちによって壊滅させられた部隊の生き残りが、こちらに立ち寄っていたからだ。眠り姫の噂だけは広がっていたから、顔を拝んでやろうと、わざと立ち寄ったらしい。自業自得だと、相手は嘯いている。

 だが、眠り姫には、覚えがない。

「・・ビリー・・・あのな・・・」
 肋骨が何本か折れているから、すぐに、それは処置されたが、意識が戻らなければ、脳波の検査や他もやったほうがいい、と、ちょうど相談していたところだ。
「なんだろう? 眠り姫。」
「・・・俺の右目って・・・治療できるものなのか?」
「え? ・・ああ、再生治療で治るらしいよ。」
 だが、眠り姫は、やっぱり、おかしなことしか言わない。元から壊れているから、これは、暴力によるものなのか、元からなのか、ビリーにも判別がつかない。それに、痛みを感じないから、どういう状態か、本人が一番わからないという厄介な怪我人だ。
「・・それ、やってもらえないか?・・・それと・・・今日のことは、グラハムには報告しなくてもいいから・・・・」
 その言葉で、今日は、まともなんだと気付いた。
「けど、きみは被害者なんだぜ? 眠り姫。肋骨を何本か折られているし、酷い打撲なんだ。」
「・・・いいんだ・・・俺・・・あの人たちの近しい人間を殺しているんだと思うから・・・だから、これは受けて当然だ・・・それはいいから、再生治療っていうのを頼めないか?  もし、それまでに怪我が治らなくても、それを受けていたと言い訳もできるし、そのほうがいい。」
 以前から、私の友人は、眠り姫の右目を治したいと望んでいた。「両目が開いた姿は、綺麗だと思わないか。」 と、常々漏らしていたのも聞いている。ただ、眠り姫自身が、「意味がない」 と、拒絶しているとも聞いていた。
・・今になって、なぜ?・・・・
 それも、今、こんな騒ぎの時に、それを言い出すのか、私には理解できない。だが、やってもいいと言うなら、やっていただくほうがいいだろう。それで、友人の心が、さらに癒されるというなら、喜ぶべきことだ。
「わかったよ、眠り姫。その治療をしてもらうように、ドクターに頼んであげる。」
「・・ありがとう・・・」


 それから、検査や準備を、ドクターに頼んで、眠り姫は再生治療に入った。そのドタバタの時間が終ってから、ようやく、友人に連絡だけは入れた。
「・・・そうか、怪我は酷いのか? 」
 驚いた様子だったが、友人も激昂するような態度ではなく、落ち着いていた。
「打撲と肋骨を何本かやった程度だ。・・・相手は、すでに基地から離れたよ。」
「愚かな奴らだな? 私を怒らせるとは・・・・私の眠り姫に手を出して、タダで済むとは思っていまいよな?」
「たぶん、きみの留守を狙ったんだろうね。」
「所属が、はっきりしているというのにな。・・・その件は、慌てる必要はない。報復は、的確に効果的に、が、私の信条だ。・・・まだ十日は動けない。」
「わかってる。きみの眠り姫も治療で、医療ルームから動けないから、戻る必要はない。」
 敢えて、私は、友人に再生治療のことを報せなかった。たまには、驚けばいいのだ。




 二週間が、どうにか経過して、基地へ戻って来た。自分の宿舎で、私は、それを見て絶句した。両目が綺麗に開いた眠り姫が、そこにいたからだ。
「やはり、素晴らしいよ、眠り姫。」
 生憎と、まともではなかったので、「ふーん」 と、返されただけだった。後で、ビリーから報告されたことに、私は首を傾げた。今まで、どんなに頼んでも受け入れなかった願いを、眠り姫は、あっさりと受けたからだ。
「何か変化したか? きみは、そのままでいいんだ。何も変わらなくていい。」
「・・・空は青いんだ・・・・」
「ああ、そうだろうな。それと同じくらい、きみの瞳は魅力的だ。」
 何も見ていないセルリアンブルーの双眸は、とても綺麗で、冷たかった。見えているだろうが、それを受け止めて解析するほうが壊れている。何の用も成さないセルリアンブルーの瞳は、役に立たないからこそ綺麗なのかもしれない。






 両目が開いた時、少し視界が広いと感じた。だが、その程度のことだ。かなりの打撲があったらしいが、それもすっかりと痣もなくなっていた。彼が帰って来る時に、まともであればいい、と、思っていたが、こればかりは思うようにならない。
 何日か経過したであろう頃に、ようやく、頭がクリアーになった。目の前には、グラハムがいる。いつものように首を絞めて起したらしい。
「おはよう、私の眠り姫。」
「グラハム、これでよかったのか? 」
「今日は、まともな会話の日か。ああ、そのセルリアンブルーがふたつ揃っているきみは、以前にも増して綺麗で惚れ直した。」
「じゃあ、俺が、これから言うことは、絶対に守ってくれると約束してくれ。俺が、壊れているうちに、やったら、承知しないからな。」
「どんなことだ? 百パーセント死ぬのは、なしだぞ? 」
 あの組織が、まだ壊滅していないとなれば、また、戦争は引き起こされる。武力介入という名目で、またガンダムが動くだろう。そうなれば、グラハムも、それに参戦するのは必然事項だ。

・・・俺は、何やってんのかな・・・・

 ひとつ、彼の願いを叶えることで、約束させることにした。

 どちらも死なないで生き残って欲しいと思う。けれど、現実は、そんな甘いものではない。現に俺は死んでいるのだから。あのまま緩々と死んでいくはずだったのだと、今は思う。それを踏みとどまらせた責任は、この男にあるのだから、それは全うしてもらう。それまでは、このあやふやな世界に存在していようと思った。暴行されて、それに気付いたのが、やっぱり壊れているとは思うが。

「心疾患の手術は受けない。・・・とりあえず、あんたが生きているうちは、俺も半分生きていることにするが、あんたが死んだら、そこで全部死んでもいいだろ? だから、そうしてほしい。」
「・・・眠り姫・・・」
作品名:ぐらにる 眠り姫4 作家名:篠義