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いつか愛になる日まで

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 任務中にあった嘘のような本当の話や訪れた他国の話、クナイを的確に投げる訓練の話など、イルカの興味ある話ばかりだった。居酒屋では話さなかったことを考えると少しは人の耳を警戒していたのかもしれない。
「わかりました。カカシさんは気合でなんとかしてください。私は気合じゃ無理ですから。来週の金曜日でいいですか?」
 パッと笑顔になるカカシを見ながら、イルカは軽く頷いてやった。本当に?と聞かれている気がしたので。
 カカシは帰り際まで、「絶対来週はキムチ鍋にしてくださいよ」と言い続けていた。イルカはそれに「はいはい」と頷いて、鍋の用意をしながら作った明日の朝ご飯を入れたタッパーを持たせてやった。
切っただけの野菜サラダ、甘い玉子焼き、塩鮭は匂いがうつるとまずいのでラップにくるんで、白菜の漬物を入れた。おにぎり2個とお湯で溶かすだけのインスタントの味噌汁。冬場だから冷蔵庫に入れなくてもいいだろう。
 オレンジ色の手ぬぐいに包まれたタッパーをじっと見た後、カカシは「ありがとうございます」とにっこり笑って帰って行った。


 遠くからその声が聞こえたとき、イルカはダッシュで逃げるか落ち着いて「はい」と笑顔で返事をするか一瞬迷い、本能的に「逃げる!」を選択した。それと同時に行動に移したはずなのだが、結果10mもいかないうちに精神年齢ナルトの銀髪上忍につかまっていた。なんつー速さだ。
「なんで逃げるんですか」
 腕を掴まれながら棒読みのような口調で尋ねられ、「いえ、なんとなく」と気まずげにイルカは答えたが、これほど逃げ切りたかったこともない。
『イールーカーせーんーせー』と下手したら山びこが聞こえるんじゃないかというような大声で呼ばれれば逃げたくもなる。
 そして、またまた大注目の中でかまい倒されれば、皆の好奇心を満足させ、無駄にいらない嫉妬心を煽って、パワーアップした興味と悪意の塊がこれでもかとイルカを襲う。
たまには自分の行動が巻き起こす影響を考えたり・・・するわけないよな、上忍が。あー、胃が痛い。
 はぁ、と下を向いてため息を漏らしたイルカの視界に飛び込んできたのはカカシが持っているオレンジ色の包み。ギョッとして目玉が飛び出しそうになった。いや、もう飛び出したかもしれない。
 マジか? マジか? ここでか? 
やーめーてー! とカカシの声にも負けないくらい叫びたかったイルカは腕を掴まれていることも忘れて逃げをうつ。
 ここでタッパーなど渡されたら嫌がらせだけじゃ済まない。明日の『木の葉新聞』堂々一面トップだ。いや、三面か? 女に殺される。『痴情のもつれ』なんて書かれたら死んでも死にきれないってか、死にたくない。
「どうしたんですか?」
 がっちりつかまれた腕はビクともせず、こんなに精一杯力を入れているというのになんでそんな涼しい顔してるんだ、この馬鹿力。
 道行く人がすべて足を止め、教室の窓も人が鈴なりという状態でなければ、イルカがここまでパニックになることはなかっただろう。式の1つや2つどころか、10も20も飛び交っているに違いない。あっと言う間に見物人が増えている。
 みなさん、俺はこの人のお世話をしてるわけじゃありません! 思わず弁解しそうになったがそれでは泥沼だ。
 やばい、あの包みだけはここでもらうわけにはいかない。返しては欲しいが今はいい。
 思わずイルカは凝視してしまっていたのだが、それに気付いたカカシが「あぁ、これ」
と嬉しそうに口を開きかけたので、ついにイルカは大声をあげた。
「ストーップ!!」
 自分の鼓膜も破れそうな音量だ。喉も潰れよとばかりの大絶叫だ。必死になればなんでもできるんだなと思ったりしたがそれどころではない。
「ストップ」
「はい、ストップですね」
 この上忍がズレまくっていることは天の采配か。思わず『お手っ』と言いたくなったが寸でのところで飲み込んだ。
「あの、あの」
「はい」
「えーと」
「はい」
「えーと、えーと」
 完全にパニクッたイルカは自分が何を言いたいのかわからなくなってきた。とにかく、その包みは、こっちに、出すな。
 目を血走らせて小刻みに首を振るイルカになんとなく事態を察したのか、カカシは「今日はいい天気ですね」と言った。
「そうですね」
 あまりの安堵で曇り空だというのに同意してしまった。とにかくここから脱出しなくては。
 かなりわざとらしく咳をして、ギンギンッと左右に目をやる。聞き耳たててんなよ!
 慌てたように周りが動きだし、鈴なり状態だった教室の窓からもひとつふたつと頭が引っ込む。
「すみませんが手を離してもらえませんか。逃げませんから」
「ホントに?」
 疑わしげに言われても、もはや逃げる気力はない。
「本当です」
 なんにしろ危機は去った。少々話をするくらいなら、いつものことだしかまわない。今では珍しい組み合わせだと驚かれることもなくなった。
「教員室に行く途中なんです。歩きながらお話しましょう。でもってですね、申し訳ないですが小さな声でお願いします」
 もし包みのことを言われても小声なら、まぁなんとかなるだろうとイルカは考えた。途端にカカシがデレッと笑わなければもっと気分は良かった。
「内緒話ですね?」
 うっと言葉につまったが、気分を良くしておけば約束してくれるだろうと「そう、内緒話です。ひそひそとお願いします」と真剣な口調で頼んでみた。
「了解です」とさっそくひそひそ声で言われ、自分の気分が良くなってしまった。なんだか猛獣使いになった気になる。取扱いさえ間違わなければ大丈夫なんだな。
 気がきいたことにカカシは教員室まで手に持った包みのことは口にせず、別れ際にも包みを差しださなかった。さっきのでカカシが包みを持っていることはみんなに知られただろうから、下手にイルカの手に戻ってきても面倒なことになるかもしれず、持って帰ってもらったほうがありがたい。
「では」
 後に残らない世間話を終えて教員室に入る。教員たちの私語が一瞬ピタッと収まるのは何度経験しても気分のいいものではないが、今日はもう大きな危機を乗り越えた後なので気にもならない。
「イルカー、大変だったなぁ」
 先輩のウソくさい同情にも「ふふん」と余裕で答えられたが、
「上忍って意外におちゃめさんなんだな」という言葉には
「それはない」
と速攻で否定した。
「おうちでご飯はどうだった」
「手抜きの鍋で、ご機嫌でしたよ」
 書類をごそごそ探しながらイルカは答えた。確か教科書の目録がここらへんにあったはずなんだけど。
「ふーん、何鍋」
「牡蠣ちょっぴり豆腐たっぷり鍋」
「なんだか貧乏くさい鍋だな」
「本当のことなんだから仕方ないでしょ」
「それ、昆布ダシだろ? 妙に柚子コショウと合うんだよな」
 その言葉にイルカは思わずクルリと椅子を半回転させて、ヤマジの背中に賛同する。
「美味いですよね。ピリッとするのに爽やかで」
 イルカに合わせてヤマジも椅子をクルリと半回転させた。採点中だったのか赤ペンを持っていた。椅子の上であぐらをかいているのを見れば相当長時間机にかじりついていたことが伺える。
「あれ、鳥鍋にも合うぜ」
「マジですか。今度食べてみよ」
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける