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いつか愛になる日まで

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 柚子コショウ話でイルカのご機嫌度がアップする。食べ物の話は妙にテンションがあがるのだ。特に今は柚子コショウが絶賛マイブーム中だ。
「春香堂の柚子コショウは絶品だ」
「高すぎですよ。あれだけ高くてまずかったら暴動が起きます。奈々屋くらいがちょうどいいんです」
「お前ね、一度春香堂の食ってみろって。奈々屋じゃ物足りなくなるから」
 コキコキと首を鳴らしながらヤマジが自信たっぷりに言う。
「なんなら食いにくるか? 鳥鍋しようぜ」
「わぁ、いいんですかー。えのきくらいだったら持っていきますよ、豆腐とか」
「お前の懐事情がよくわかる選択だな。それプラス春菊持って来い」
でも柚子コショウって、とイルカが言ったところで、ガラリと教員室の戸が開き、「イルカ先生」と一番聞きたくない声がする。
見事なまでに静まり返った中、恐る恐る戸口に目をやれば銀髪上忍が無表情で近づいてくるところだった。一難去ってまた一難か。
「イルカ先生」
 耳も痛くなる静寂の中、銀髪上忍の静かで冷たい声がする。何、この人、こんな声も出せるの?
「イルカ先生」
「あ、はい」
 慌てて立ち上がる。ピリピリした雰囲気に思わず背筋も伸びる。無駄に迫力だ。
「この方、どなたですか?」
 口調は丁寧なのに先輩を顎で指し示すってどうなんですか。
「えぇっと、5期先輩の『いちじくヤマジ』中忍です」
 慌てて立ち上がった先輩も「よろしくお願いします」と殊勝な態度であいさつをする。
「こちらこそ」とは口にするが明らかに上忍様は不機嫌だ。さっきまで上機嫌だったのになんなんだ。
 カカシがチラリと教員室内に2,3視線をやると、息をするのもご法度とばかりに成り行きを見つめていた教員たちがわたわたと動き出す。聞いてませんとアピールする姿がわざとらしい。先輩までもコソーッと机に向かう。この裏切り者。
 なんだか恐ろしい気配をビシバシ飛ばしてるのは何故なんだろう。やっぱこの人、上忍だけある、こわっ。
 イルカが内心戸惑っていると、ふいにおだやかな気配に戻った上忍様はにっこり笑って言った。いつもの「にっこり」なのに、なんで背筋がゾクッとするのかは謎だ。
「今日の夕飯は白菜と豚肉の重ね煮が希望です」
「へ?」
 それをここで言っちゃうの? イルカの意識が遠くなる。いや、まだ誤解は解ける。気を失っている場合じゃない。
「春日屋とかいいですよね」
 慌てて気のきいた和食店の名を口にする。誰でも知ってる名店だ。
もうどこでもいい。少々値が張ろうが、また上忍と夕飯一緒かと陰口たたかれようが、女性の嫌がらせを受けようがいい。家に来るとは言うなよ、頼む。
「いえ、イルカさんのおうちで」
 ギャー、言ったー・・・、ガイーンと頭を何かで殴られたかのように身体が揺れる。そんなイルカをにっこり見つめて、カカシはとどめにドッカンと爆弾を落とした。
「あなたの手料理はとても美味しいですから」
 ついに力が抜けたイルカはへなへなと椅子に腰を落とした。ここで気を失えたら楽だろうな、と仕様もないことを考える。
 さっきまでわざとらしくも動き回っていた教員たちの動作もピタリと止まっていた。
凍りついた空気の中、背中に突き刺さる殺気はカワノ先生に違いない。性格に問題ありだが美貌には違いなく、しかもカカシを狙っていたことは口に出さずとも誰もが知っていた。やっぱり『痴情のもつれ』って書かれるんだろうか。
「それに」とカカシが言うので、まだあるの?! と思わず勢いよく顔をあげた。
 さっきまで笑っていたからからかわれているのだと思っていたら、案外真面目な顔して立っている。そんな姿から底冷えのするようなチャクラを感じるのはイルカだけではないらしく、教員室中が重苦しい雰囲気に包まれ始めた。
 わざとらしく潜められた声は、それでも室内に十分届く声量で誰の耳にも聞こえたはずだ。
「それに、お付き合いしていることを忘れてもらっては困ります」
「は・・・」
「ちゃんと申し込んだでしょう?」

『もちろん、恋愛関係のお付き合いですよ。ラブですよ、ラブ。そこんとこ、ヨロシク』

 ここでイルカも黙っていれば無理矢理にでもなんとか苦境を切り抜けられたのかもしれないが、それは後から思ったことでバカ正直に答えてしまった。
「・・・・・・あれですか・・・」
 背後でザワワッとどよめいたのにハッとして、口を滑らしたことに気付いた。
「そう。あなたと私は交際中なんですよ、そこをちゃんと自覚してくださいね」
 そんなマジ顔マジ声で言われてはもうごまかしようもない。確信犯だ。みんなの前で交際宣言・・・ってか、あのとき俺は了承していないと思いあたっても恐ろしい気配に口には出せない。その鋭い目はなんですか・・・。
「そういうわけで」と静まり返った室内を見回してカカシは言い放った。冗談ぽくではあったが、目つきはマジだ。
「この人に手を出したら、間違って殺しちゃうかもね」
『いや、確実にの間違いだろう』と全員が突っ込む中、茫然自失のイルカに軽くウインクする。・・・怖すぎなんですけど。
 誰も動けない中で、カカシだけがいつもと変わらない。絶句しているイルカの手を取り、オレンジ色の包みを乗せる。
「とっても美味しかったですよ。また作ってくださいね」
 そうして、何事もなかったように飄々とカカシは出て行った。
 嵐が去った後の教員室は誰もしゃべらず、いや、しゃべれず、ひたすら静寂が支配していた。とてつもなく重い空気につぶされそうだ。授業開始のチャイムで、ようやくみんながギクシャクと動き出すがイルカに声をかけて行く者はいない。殺されるからか? せいぜいイルカの手にあるオレンジの包みを横目で見ていくだけだ。
「おい、イルカ」
 先輩の声にのろのろと顔を向ければ「ひでぇ顔だな」と言われた。相当げっそりした顔をしているに違いない。体重も減ってる感じだ。手の上のタッパーが重い。
「お前、授業は」
「今日は終わりました」
「受付は」
「ないです」
「よし、ちょっと付き合え」
 窓際までイルカを引っ張っていったヤマジは窓枠に手をかけると呆気にとられるイルカを残して2階から飛び降りる。
「早くしろ」と下から呼ばれて「はいっ」とイルカも飛び降りた。
 ヤマジが向かった先は裏山だ。遠くに先代火影の胸像が見える。
「まぁ、どこにいてもその気になった上忍から隠れることはできねぇけどな」
 どっこらせ、と大きな木の下に座りながらヤマジは言った。指で示されてイルカも隣に座る。
「で? お前、付き合ってんの?」
 ズバッと聞かれて「なわけないでしょうっ」と即答した。
「まぁ、そうだわな」
「先輩〜」
 イルカは半泣き状態だ。カカシがあんなに怖い人なんて思ってもいなかった。ちょっとズレてるけど悪い人じゃないし、いつもニコニコしている人だと思っていたのに。有無をも言わせないあんな冷たい迫力は初めてだ。随分ひどいことを思うだけでなく、口ばしりもしたが、いつでも怒らないカカシに自分は甘えていたんだろうか。
「でもよー、ありゃ本気だぜ」
 顔をゆがめているイルカを気の毒そうに見つめて、ヤマジは言った。
「何がですか?」
「あの怖い銀髪上忍だよ」
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける