いつか愛になる日まで
イルカはヤマジを呆然と見つめた。
「だから、いついつ任務があった、責任者は誰だって程度のメモ書きになるが一応普通の報告書フォームに書ける部分だけ記載して保管しておくんだよ。後から調べたいときには日付と担当者がわかる。内容は権限があれば別保管の報告書を探して見ることができるってシステムだ」
「じゃあ、カカシさんは暗部の仕事をしていたってことですか?」
腕組みをしてヤマジは深く頷いた。
「たぶん、どいつもこいつもS級どころじゃない。超S級だ。調べてもあまりよくわからなかったが、11月中旬に『白の国』の村が一つ全滅したのは知ってるだろ? 何が起きたか誰もわからない。今でも不明だ。けどな、その時期と上忍の任務期間、任務地が重なるんだよ。報告書も暗部仕様だった」
俺が何を言いたいかわかるだろ? とヤマジはイルカに無言で尋ねた。
『白の国』は商業の盛んな国だ。周りに海はないが大陸の真ん中に位置しているため、いろいろな国と交易があり、大陸の市場的な役割を担っている。隣国から海の幸、山の幸、金や銀、飾り細工などの工芸品、大工や商人といった人材なども集まってきて、貿易での圧倒的な収入により裕福な国だ。商売柄、人懐っこく、明るく威勢がいい人種が集まっている。国自体の雰囲気は活発で明るい。
どこにでもある話だが、『白の国』にも闇の部分はあって、どうやら良ろしくない『薬』を売っているらしいと言う話がまことしやかに昔から噂されてきた。売人が勝手に売っているのならば『白の国』が取り締まりを厳しくすればいいだけの話だが、どうやら国は黙認しているようだというのは公然の秘密のようなものだった。
そして、全滅したのは『薬』を作っているのではないかと火影が見当をつけた村だ。なぜそれをイルカが知っているのかと言えば、半年前に30代の中忍が孤独死したことを報告したからだ。同期だった彼が3日も無断で休んでいることを知ったイルカが様子を見に行って発見した。
死因は薬の過剰摂取による心臓麻痺。口から泡を噴き、白眼をむいていた。何より喉のリンパ線上に赤紫の斑点が並んでいたのが決定的だ。『ハクノイト』というドラッグを過剰摂取するとこうなるというお手本のような死体だった。
そのとき、火影が口にしたのは村の名前と事態は深刻だねぇというため息のような言葉だった。
『おかしな眼をしたやつがいたら教えとくれ』と火影はこめかみをグリグリと押さえてイルカに言ったが、その後は何もなかったかのように精力的に仕事をこなしていたのと、イルカの前におかしな眼をして現れた銀髪上忍に生活を乱され、すったもんだやっているうちに忘れてしまっていた。
「でも1週間で村を全滅させるのは無理じゃないですか?」
普通に考えて、いくらカカシが有能だからと言って、そんなことが可能なはずがない。
ハクノイトを作っていたのなら、情報漏洩を防ぐためには最低限でも、製造できる最大限の人間が百人程度はいたはずだ。村としての体裁を整えるためには老人、女、子供が必要で、そうすると数百人はいたことになる。それを1週間で殲滅するのはどう考えても無理があった。
「たぶん、仕上げの段階で木の葉から出て行ったんだろう。それまではここから指示をとばしてたんだな。手足となってる部下は暗部だし、それくらいできたんだろう。俺たちが考えているよりずっと優秀なんだ、あの上忍は」
ヤマジもイルカもカカシが暗部にいたという事実しか知らない。そこでどのように活躍して、どのように木の葉に貢献していたのか。
上忍師になって、目の前で初めて見たときに少し失望したのを覚えている。雰囲気がゆるくて、話し方も適当で、行動は大雑把だった。
「カカシさんは暗部を退任したんじゃないんですか」
だから子供たちの面倒をみているのではなかったか。
「退任したんだろう。じゃなきゃ、上忍師にはなれねぇ。けどよー、この人手不足だ、優秀な上忍に暗部の仕事が回ってもおかしくねぇ。もともと暗部だったんだしよ。それにしても随分優秀だったんだな、現役じゃねぇってのにどの任務でもいつでも隊長だ」
あの人は里のエリート中のエリートである暗部を率いて任務をこなすのか。
いつも『ただいま、先生』とにっこり笑って戻ってきた。
肉が苦手で魚が好きで、みかんは好きだが皮をむくのは面倒で、店のおしぼりでペンギンを作ってやれば手をたたいて喜ぶ。礼儀知らずかと思えば脱いだ靴を揃えていて、気持ちよくないからと女性をとっかえひっかえ派手にやるかと思えば二人で囲んだ手抜き鍋に感激している。
「あのな、イルカ」
ヤマジの声にイルカは顔をあげた。
「はたけ上忍の行動がいちいちおかしいのは俺も認める。お前の話をきいてても感覚がズレまくってるよな。だけどお前とわーわー言われるようになってから、あの人、女と遊んでない。なんだかんだ言ってお前ばっかかまってる。さっきのだって、信じられんが嫉妬だろ。俺がお前を家に誘ったのが気に入らなかったんだよ。変な人だよな。俺に嫉妬するなんてさ。俺があの上忍に勝ってるところなんてあるか? ただのおっさん中忍だぜ? お前、ちょっと真面目に考えたほうがいいんじゃねぇか、あの上忍のこと」
ヤマジはやっかいだねぇと言って頭の後ろで手を組んで木にもたれかかり、曇り空を見上げた。
イルカはあのふざけた交際申し込みが本気だなどと考えたことはない。男だから、というのではない。男同士なんて珍しくもないし、偏見もない。
あの上忍の口から出た言葉だから信じることができない。それがすべてだ。
派手に浮名を流していた良くない噂ばかりの男に突然「あなたに決めました」なんて言われても現実感はない。26にもなって青臭いことだが『好き』という気持ちもなく、人と付き合いたくない。笑われようと冷えた関係はごめんだ。目の前にいたから決めました的なことを言われて誰が浮かれるというのか。
浮かれるより落ち込むと思い、いやいやそれは違うだろうと否定する。だから言い訳みたいになった。
「ちょっとズレてるけどいい人なんだっていうのはわかります。嫌いじゃありません。でも、やっぱり俺はカカシさんのこと、そんなふうに考えることができないんです」
こればっかりは仕方ないよな、と空を見つめたままヤマジはポツリと言った。
イルカはふらふらと教員室に戻った。扉を開けたとき、やっぱり話し声はピタリと収まったがそんなことはもうどうでも良かった。
机の上にあるオレンジ色の包みを睨んでも、どうにもならないことはわかっている。
どうして朝ご飯なんか作ったんだろう。気が向いたから? なんとなく? 喜んでもらいたかった?
家にはほとんど食料を置いてないんですって言葉が頭の隅に居座っていた。夕飯は一緒に食べてもその他はどうしているのか。27にもなる男が1人で生きていけないわけじゃない。朝早くから開店している飯屋もあれば、カフェもある。世話をやきたい女性だっているだろう。
わかっていたけど、冷蔵庫から卵を取り出した。人のために弁当を作るのは久しぶりでなんだかワクワクしていた。自分じゃめったに作らない甘い玉子焼き。本当に子供みたいだなと思った。3切れ入れて、3切れは自分用にした。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける