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いつか愛になる日まで

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今朝食べた玉子焼きが甘いことに驚いて、そうかカカシさんのために作ったからかと思い出した。今日はどんなことで大騒ぎするのかなと豆腐の味噌汁を口にしながら、気合を入れた。
カカシさんは子供が親を困らすレベルで俺を困らす。子供が親を困らすとき、親が子供に困らせられるとき、互いに何を確認しているか。
「結局はそういうことなのかな」
 イルカはオレンジ色の包みを手にして教員室を後にした。
 帰宅途中に商店街で買い物をした。冬瓜と白菜と豚肉。目についたウインナー1袋とりんごを2つ。
 ポストを除くと郵便物があった。水道料金の請求書と宅配ピザのチラシ。夕刊は半年前に解約していたけど、またとってもいいかなと昨日思った。郵便物を買い物袋に突っ込み、玄関の鍵を開ける。
 電気をつけて、テーブルに買い物袋を置く。手を洗って、うがい。子供に風邪をうつすのもうつされるのにも予防になる。それからストーブをつけて、部屋着に着替えた。
こたつの上のかごに十分みかんがあることを確認して、今朝洗っておいた食器を片付けた。
 鍋に白菜と豚肉を交互に重ね、塩、コショウで味付け。蓋をして、あとは弱火でほうっておくだけだ。一口大に切った冬瓜は炒めたひき肉と煮る。火が通ったら片栗粉でとろみをつけたスープにする。
 その間にタッパーを洗ってしまおう。オレンジの包みを台所で解く。
 透明のタッパーは綺麗に洗ってあった。数秒見つめて「困ったな」とイルカは呟いた。
 子供かと思えば大人。大人かと思えば子供。
 どんな顔をしてタッパーを洗ったんだろう。暗部を率いる上忍様が。
 『美味しかったですよ。また作ってくださいね』
 タッパーを棚にしまって、また出した。キャベツを千切りして卵を焼く。芸がないけど目玉焼き。塩とコショウを振りかけて黄身をしっかり固めよう。隣でウインナーを4本焼いて、3本はタッパー行きで、1本は自分の口の中。魚焼きグリルでししゃもを3本焼いた。冷蔵庫をのぞいたらプチトマトが2個あったのでキャベツの隣に添えて、たくあんを2切れ。
ご飯はまだ炊けていないからおにぎりは後で握ろう。そういえば焼き海苔は昨日きらした。普通の海苔はあったかな。
棚をゴソゴソ探っていると、鍋蓋がカタカタいう。白菜はたっぷりと旨み汁を出してぐつぐつ煮えていた。塩加減もいい具合だ。ああ、でもカカシさんには薄いかな? もう少し火を入れて、白菜をとろとろにしよう。そのほうが美味しいから。
学校を出てから。
家に帰ってくるまで。
夕食の用意をしながら。
何も考えないようにした。
カカシの言葉も、ヤマジの話も、大騒ぎだろう教員室のことも、あえて頭から締め出して夕食の用意に神経を集中させた。いろんなことがあり過ぎて、考えることも疲れる。自分がやるべきことを反芻すれば余計なことは考えなくて済む。さて、冬瓜スープにとろみをつけようか。
部屋はキッチンで火を使っていることもあって温まっていた。ふと勝手口から見た外は真っ暗だ。冬だから日が沈むのは早いが、時計を見るととっくに7時を過ぎて、もうすぐ7時半になろうとしていた。
鍋の火をとめて、海苔を探す。香典返しでもらった海苔があった。
いつの間にか炊けていたご飯の荒熱をとるため、皿にうつしてふきんをかけておいた。
タッパーは蓋をあけておいておこう。まだ卵もウインナーもあったかい。
イルカはこたつに入ってテレビをつけたが、興味ある番組は何もない。疲れも手伝って、うとうとした。目が覚めると9時になろうとしていたが、カカシの来訪はまだない。
「白菜の重ね煮って言ったのにな」
 イルカの独り言は虚しくテレビの雑音に消された。
 のろのろと立ち上がり、皿にあげておいたご飯でおにぎりを握った。海苔も巻いてラップにくるみ、タッパーと一緒にオレンジ色のてぬぐいで包んで、テーブルに置いた。味噌汁もいるかなと思い、昨日と同じインスタントの袋を入れて包み直した。
 こたつで遅い夕食をとった。この家でカカシと一緒に食べたのは昨日1日だけだったが、1人で食べるのは久しぶりだった。なんだかんだと騒ぎながらも、一緒にいたんだなと思った。
 風呂にも入り、寝ようかという11時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「どうしたんですか?」
 ドアを開けると旅装したカカシが立っていた。口布を下にずらして素顔をさらしていた。
「遅くなってすみません、先生。連絡もせずに本当にごめんなさい。実は任務に出なくてはいけなくなったんです。打ち合わせや用意でばたばたしてしまって。ああ、夕食の用意をしてくださったんですね」
 匂いに気づいたのか、申し訳なさげにカカシが言った。気持ちが任務仕様に切り替わっているのか、ごく普通の丁寧な物言いにイルカは頷いた。
「食べていかれますか?」
「そうしたいんですが時間がなくて。すみません。作っていただいたのに。来週の金曜日には戻ります。キムチ鍋にしてくださいね」
 イルカはくすりと笑って、はい、と頷いた。
「あの、良かったら夜食を持っていかれませんか? タッパーにつめてしまってますけど」
「ああ、助かります。実は夕飯を食べてないんです。タッパーはお返ししますから」
「いいえ、召し上がったら捨ててください。任務の邪魔になるだけなので。すぐ持ってきます」
 オレンジ色の包みを手に戻ったイルカを見て、カカシはわずかに微笑んだ。
「ありがとうございます。まともな飯が食べられるのも今夜だけでしょうから。本当に今日はすみませんでした。一言、謝りたくて。それでは」
 身を翻しかけたカカシが、大事なことを言い忘れてました、とイルカに向き直った。
「この任務の後で10日ほどお休みをもらえることになったんです。たまにはゆっくり休もうと思いまして。最近五代目にこき使われてますからねぇ。ほんと参ります。帰ってきたら気晴らしに付き合ってくれませんか?」
 少しおどけたような言い方はイルカを不思議に安心させたが、任務の後に休みが10日。ヤマジの言葉が急に現実味を増した。
『どいつもこいつも超S級だ』
 その言葉を振り払うように笑顔をつくった。任務前の人に不景気な顔は見せられない。
「温泉でゆっくり雪見酒ってどうですか」
「ああ、素敵ですね。楽しみです。戻ったらさっそく探してみます」
「いいえ、私が静かで、疲労に効く名湯を探しておきますよ。来週の土曜日だとお疲れですか」
「気晴らしを兼ねて疲れを癒しに行くのですから土曜日がいいですよ。金曜日は鍋、土曜日は温泉。素敵だなぁ、嬉しいなぁ。ご褒美を楽しみに頑張って働いてきます」
「は、はぁ」
 ふざけているのかいないのか、明るく素直なカカシの言葉にイルカは心臓が裏返りそうだ。ご褒美って犬かよと天邪鬼なことを考えつつも目を白黒させていたとき、夜風とともに密やかな声が流れてきた。
『隊長』
「南に40度。打ち合わせ通りに。30分で合流する」
 これまでとはうって変わり、冷徹な声がカカシの口から放たれる。命令しなれている声は特にひそめられもしない。背後を振り返ることもなく指示が飛ぶ。
『了解』
 闇にまぎれていくつかの影が移動したようだったが、イルカにはよくわからなかった。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける