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いつか愛になる日まで

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 イルカはこたつの上の包みを見つめた。返さなくていいって言ったのに。
 重さからいって空だということはわかっていたが結び目をほどいた。空になったタッパーの中に使われないままの味噌汁の袋を見つけたとき、思いがけず悲しみがどっと雪崩のようにやってきた。
のんきにあったかい味噌汁なんて飲めないよな。でも全部食べてくれたんですね。
『死んではいない』
 それは本当なんだろう、負傷した暗部に伝言を託した時点では。
 それからどうなったかはわからない。楽々と敵を蹴散らしたのか、それとも。
 生死が紙一重の任務を受けているのはわかっていた。出かける前にカカシさんも口にしていた。それでも目の前に存在していることと淡々と話す姿に、そして何より毎日ルンッと踊っているようなお気楽ぶりに、あの人が死と隣り合わせにいることを楽観していた。
 帰里予定から2日しかたっていないことに驚く。もう1週間も待っている気がしているのに。待つのは得意じゃない。あなたは知らないでしょうけど。1分、1秒が長く感じる。
 火影と向かい合っていたときにはあれほど穏やかだった心が今は悲しみに暮れている。一人になると弱くなる。心も体も寒いです、カカシさん。
 あなたが帰ってくることを疑ってもいないのに、どうしてこんなに悲しいんでしょうね。早く馬鹿なことを言って俺を呆れさせてくれませんか。そうしないと・・・俺は。
「・・・っ」
 そうしないと俺はこの濡れた頬をどうしていいのかわからないんです。
 イルカは窓の外に目をやった。空が徐々に明るくなっていた。もうすぐ陽が昇る。木の葉の日常が始まる。カカシのいない日常が。
 からっぽのタッパーを洗いたかったが立ちあがることができなかった。


 イルカの周りでカカシを見かけなくなった。
「上忍様は任務中か」
 ヤマジが口にしなくても誰もがそれをわかっている。里にいるときは一日1回、お決まりように「イ・ル・カ・さーん」と能天気な声とともにどこからか銀髪上忍が現れるからだ。高確率の出現スポットは言わずと知れたアカデミーの教員室付近だ。
 最近、若い女性のむやみな廊下往来、来客が増えている。そろそろ上忍様がご帰還だとソワソワしているんだろう。
「なんでそんな憂鬱そうな顔してるんだ? お前の大好きな平凡生活だろうが」
 とろろ蕎麦を豪快にすすりながら言うヤマジをチロリと上目使いで見たイルカははぁっとため息をついた。弁当を作る気もおこらず食堂でランチをとるのも何日目だろう。
 カカシさんが帰ってこない。
 帰里予定の金曜日から6日がたっていた。
 豆乳鍋は昨日、ついにヤマジとイルカの腹におさまった。
冷蔵庫に入れっぱなしになっていたが、さすがにこれ以上は持たないと観念した。捨てるには気が引ける。すでにあやしい雰囲気はあったが今のところ2人とも腹痛をおこしてはいない。気がかりがあるからなのか、ヤマジが持ってきた春香堂の柚子コショウの感動もなんだかうやむやになってしまった。
「今回は最長記録だな。今日で10日くらいたってるだろ」
 カカシが任務についたのは先々週の金曜日だから本当は13日目だったが、それを口にする気もおきない。
 ちょっと遅れますってどれだけ遅れる気なんですか、あなたは。
 強気で思っていないとすぐに臆病風に吹かれてしまうから、ぐいっと足を踏ん張って立っている。もう悲しんだりしないと決めた。悲しむ分だけあの人が遠くなる気がする。
「いつも思うがあの上忍がいないってだけで、こんなに静かになっちまうとはな」
 年の暮れも押し迫った12月28日、一応仕事納めだ。子供たちはとっくの昔に冬休みに入り、どこを向いても大人たちだけが年末作業に追われ黙々と働いていた。
 しかしながら、里の警護や長期任務に年末年始は関係ない。よって、受付も人数は減らすが24時間365日体制だ。
 当たり前の話だが、年末年始、お盆といった長期休暇中の受付業務当番は人気がなく、新人を始めとした下っ端が受けるのが暗黙の了解だった。新人たち以外にも監督的立場で勤続10〜20年の中堅どころが交代で出勤するのだが、こちらは既婚者が多いため新人たちよりさらに受け手がいない。結局、昨年は『恨みっこなしのあみだくじ』で、一昨年は『問答無用の火影の指名』で決まった。
 勤続年数は10年にも満たないが就職と同時に受付業務を兼務したイルカの作業スピードは速い。報告書を提出する忍たちと会話をしながら、時には手を止めているのに、列はスムーズに解消されていく。それをよく知る者は特にラッシュ時にイルカの前に連なる長い列の最後尾に並ぶ。結局は一番早いからだ。
 そんなイルカの年末年始出勤率は悪くない。独身でもあるし、なぜかここ数年年末年始に彼女がいない。今年は出勤しないと思っていたらミズナにフラれ、いまや銀髪上忍のことばかり気にしているのに、こちらは年末になっても帰ってこない。
 ため息ばかりのイルカの前で、蕎麦のつゆまで飲み干したヤマジが妙に哀れっぽい声を出す。
「あぁ、今年最後の行事は恐怖の受付業務分担大決定会か。今年は何で決めるんだ」
「妙な名前までつけないでくださいよ。いいじゃないですか、受付くらい」
 答えたイルカは今年の受付業務はすべて出勤だ。あの人は任務が終わったら一番初めに報告に来るに違いないから。受付にいたからといって帰ってくるのがわかるわけではないが、出勤表は火影に提出しているので気をきかせて教えてくれるだろう、たぶん。
「いやだ。俺はこう見えても新婚なんだぞ」
 っと、そうだった。先輩ってばちゃっかりできちゃった結婚なんてして、何かの流行を追いかけてるんですか。
「今年はまだマシですよ、とりあえず1枠は埋まってますから」
「誰だよ、そのきちがいは」
 アホかとでっかく顔に書いてある。失礼な。
「ボランティア精神と言って欲しいですね」
「お前か」
「博愛主義なんですよ。犠牲的精神も入ってますね」
「お前のステキな博愛精神で、かの上忍様も愛してやれよ。愛は平等なんだろ」
「突然、何ですか?」
 カカシの話が出てきて胸がドキリと鳴った。まったく心臓に悪い名前だ。
「お前、この前の俺の話聞いてなんとも思わなかったのか? ドSの任務を引き受けてるんだぞ。お前だって嫌いじゃないなら前向きに考えてみろよ。誰とも付き合ってないんだろが」
「ドSって・・・。言い方が気味悪いですよ。それに同情で好きになられたってカカシさんは嬉しくないと思いますね」
 そ知らぬふりで言いながら、とっくの昔にあの人のことしか考えられなくなってますよ、 とイルカは胸の内でふてくされる。
 それを知るわけもないヤマジは盛大に鼻を鳴らして抗議した。
「お前はねぇ、そういうところわかってないよ。そんなことを言うのは必死になったことのない奴だね。俺だったら同情でも何でも好きになってもらったらしめたもんだと思うもんな。とにかく自分のほうを向かせたら勝ちだ。好きな奴に一度も向き合ってもらえないのは辛いものがあると思うぞ。上忍様だって、一人の男なんだしさ。みんな色眼鏡で見すぎだぜ」
 今日のヤマジはやたらとカカシの味方だ。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける