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いつか愛になる日まで

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「俺はいつも思ってたんだ。お前は流されやすい。トンッと押されりゃ、トンッとすっ転ぶ。ミズナと付き合ってた時だってミズナのことが好きだったんじゃない。その前のなんとかって女と付き合った時だってなんとなく流されたんだろ。お前、恋愛したことないんだ。好きってなんだか言ってみろ」
 腕を組んでふんぞり返ったヤマジは真面目な顔をしてそんなことを言った。恋愛したことがないとは言い過ぎだと思ったがそれほど怒りもわかない。
「お前、ミズナのこと好きだったか?」
「好きでしたよ」
「どんなふうに」
「どんなふうにって・・・、普通にかわいいなって思ってましたっ」
「普通にってなんだよ。普通って何を基準にしてんだ」
「先輩、なんでこんな話・・・」
「いいから答えろ。普通ってなんなんだ」
 そう言われると言葉に詰まる。イルカは首を振った。何を基準にして普通なのかわからない。わからないけど普通は普通なのだった。普通に好き。普通に可愛い。普通に結婚するのかなと思っていた。
「はたけ上忍はどうだよ。言ってみろよ、どんな人だ」
 ヤマジの質問攻撃は止まない。人がまばらだとはいえ食堂だ。なのに、なんて話をしているんだろう。別に誰かに聞かれているわけでもないだろうがこんな話はしたくない。カカシさんの話はしたくない。帰ってこないんですよ! こんなに待っているのに!
「はた迷惑な人ですよ。イライラするし、大きな声で呼ぶし、女の人に恨まれるし、ズレてるし、頭おかしいし、一緒にご飯食べたがるし!」
「それで?」
 ヤマジはお茶をすすって話を促した。カカシのにっこり笑顔が脳裏に浮かんだ。イルカは肩を落として話を続ける。
「お店に行くと必ず『だし巻き卵』って言うんです」
「へぇ。お前の好物だな」
「魚を上手に食べるんです。煮魚なんて頭と尻尾と骨しか残らないんですよ。猫みたい。カレイの煮付けの骨をとってくれたことがあったんです。でもそのまま食べ始めちゃって、俺、気づいてたけど言わなかった。面白かったから。いつ気づくかなってどきどきしてました」
「それで? 気づいたか?」
 カカシの話をする後輩を見ながら、ヤマジの目が優しく笑っていた。
「はい。半身食べた頃に気づいて、すっごく焦って、わたわたしてました。上忍でも焦るんだなって面白かった」
「ふぅん。俺、そんなの見たことねぇわ」
「あの人、結構普通なんです」
「また普通かよ」
「ミズナとは違う。なんて言うのかな、普通の27歳の男の人です。上忍なのに時々石につまづいたりするんですよ」
「そいつはすげぇ」
「変な人です。本当はすごいいっぱい考えてるのに何でもない顔して。俺がカカシさんのことで焦ったり、怒ったり、困ったりするのが楽しいなんて言うんです」
 ヤマジが「はははっ」といきなり笑ったのでイルカは驚いて言葉を切った。
「お前さ、ミズナのことは普通に可愛いってだけだったのに、あの上忍のことになると次から次へと話すことがあるんだな。結構いい顔してるぞ」
 イルカはヤマジの顔をじっと見た。ごつくて、ひげ面で、もみあげも長くて、かっこいいとは言えない。だけど、先輩としては最高だ。いつも何かに気づかせてくれる。
「先輩」
「愛の告白は受付ねぇぞ」
「ぶっ、そんなんじゃないですよ」
「俺の愛はだなぁ、嫁さんと生まれてくる子供に捧げてるんだ。後輩とはいえ、入る余地はねぇ」
「だから違うって言ってるでしょ」
「こういうセリフを一度言ってみたかったんだよなぁ。ちょっとカッコいいもんな」
 キランと瞳を煌かせてヤマジが言う。なんかカカシさんに似てる。アホっぽさが。
「先輩に良いこと教えてあげます。今年の受付業務の決め方はくじ引きです」
「マジか!!」
「マジです。くじは俺が作ったんですから。ズルはできませんよ」
 すました顔でイルカはお茶をすすったが、本当はヤマジのために考えがあった。新婚さんにはまったりしたお正月をほのぼのと迎えて欲しい。奥さんは妊婦だし、一人で放っておくのも気の毒だ。
 しかめっ面で腕組みをしながら宙を睨んでいるヤマジにイルカは小声で言った。
「先輩、くじはダンボールの箱に入ってます。48個のうち8個が当たりです。1個だけハズレくじに糊でデコボコをつけときます。なるべく早めに箱を持ってきますから、それをひいてください。内緒ですからね、ズルなんだから」
 イルカもわざとしかめっ面で言ったが口調は笑っている。まぁたまにはこれくらいしても罰は当たらないだろう。俺は全部出勤するんだし。先輩の分まで頑張りますよ。
「さすが俺の後輩! 頼りになるな。うん、これで年越しマージャンも出来るってもんよ」
「先輩、ハズレくじを当たりくじに変えることもできるんですよ」
 ヤマジの言葉にスッパリ言い切る。これくらいでは驚かない。
「そりゃインチキだろ!」
「それを先輩が言いますか」
「わははははっ。嘘、嘘。そんなことするわけないだろ、俺が。マジありがたい。ありがとな」
 拝むように手を合わされて苦笑した。
 徹夜マージャンうんぬんが冗談だということも、ヤマジが感謝していることも最初からわかっている。二人が幸せに年を越せるといいなと思った。

 先輩に言われて気づいたことがある。
 カカシさんのことを大して知っている訳でもないけど、まったく知らない訳でもない。みんなの知らないカカシさんを知っている。ほんのささいなことだけど。
 でもそれを知るだけの時間を過ごしてきたのだと思えば嬉しく思う自分がいて、もっと知りたいとうずうずしている。
 いい顔してると言われるのも納得するほど笑んでいる。イライラするとか、ズレてるとか、良くない言葉を並べても自然と微笑んでしまう。いつからなのかな、あなたの突拍子もない行動が楽しみになったのは。あなたがいないと物足りなくなってしまったのは。
『あなたに決めました』って言われたときに、胸のうちで憎まれ口をたたきながら腹が立ちました。『あなたでいいやお試し期間』みたいな適当な感じで、そんなことを軽々しく口にできるなんて馬鹿にしてると思いました。良くない噂は本当だったとがっかりして、何を期待していたんだと自分にもがっかりしたな。
 あなたは俺に憧れてたって驚くようなことを言ったけど、俺はみんなと同じで武勇伝にこと欠かないあなたに憧れてました。すごい技術を持って、傷ひとつなく、敵をばったばったとなぎ倒しているんだと勝手に想像してました。男としてかっこいいと同じ忍として誇りに思っていたし、だからこそ声をかけるなんて恐れ多くて考えたこともなかった。
 そんなあなたに食事に誘われて動転していたけど、周りのほうがよほど動転していたから少しだけ落ち着いて対応ができたんです。
 あなたは俺が想像していたような完璧な上忍じゃなくて、なんだか変な人だったけどそのギャップが新鮮で、そんなふうだったから近づきやすかったし、欠点にも見えるところが人間臭くて魅力的でした。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける