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いつか愛になる日まで

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 医務室の戸口に手をかけて、大きく深呼吸をした。静かに扉をひく。そっと中を覗いて、バチンと扉を閉めた。途端に汗がどっと出る。
 え?
 呼吸を整え、力いっぱい扉を開ける。ガラリと大きな音を立てた扉が勢い余って閉まりかける。慌てて押さえると信じ難い光景が目に飛び込んできた。やっぱり見間違いじゃない。
「はっ?」
「あ、先生」
 カカシは照れくさそうににっこり微笑んだ。上半身裸で、医師の触診を受けている。相変わらず鍛え抜かれた体だ。
「はっ?」
「戻りました〜」
「えぇっ?」
「でもお土産を買う時間がなくて」
「な、な、な・・・」
「せっかく金魚の形した和菓子を見つけたのにー」
 イルカは思わずカカシに駆け寄り、身体をバシバシ叩いた。医師が「こらこら」と眉を寄せる。
「アタタ、あの?」
 カカシも不審そうにイルカを見る。十分不審だと自分でもわかっているが、それでもバッチン、バッチン叩くのを止められない。カカシの身体が赤くなる。
「アタタタタ」
「生きてる? 本物っ?!」
 キャーと叫びそうになっているイルカにカカシは「100%本物です」と言って、堪え切れないとばかりに笑い出した。
「あなた、怪我したんじゃっ・・・」
「ああ、これ?」と腕を見せた。見間違うことなく、かすり傷だった。舐めときゃ治る・・・ってか、ほっといても治るだろ、そんなん。上から下までどこからどう見てもぴんぴんしているし足はある。幽霊じゃない。
「以前、先生に言われましたからねぇ、すぐに任務完了報告に行ったんですよ。そうしたらイルカ先生には戻ったことを伝えておくから医務室に行けと火影様に言われましてね、なんだか妙に親切にされまして。まぁこんな機会も滅多にないし、せっかくなんで大人しく医務室に来てみました」
 来て正解でした、イルカ先生にも会えたしラッキー、とカカシは無邪気に喜んでいる。
 はぁ、と答えながら、イルカはへなへなとその場に崩れ落ちた。気が抜けて立っていられなかった。
「えっ? わあ、大丈夫ですか?」
 触診の最中、慌てて立ち上がったカカシに「はぁ」ともう一度イルカは答えた。
「こら、カカシ。背中を見せろ」
「いやいや、それどころじゃないでしょ」
もしかして動揺してるかもとカカシは自己分析する。冷静冷徹と謳われた自分が目の前の人にだけ簡単に振り回される。『わあ』なんて言葉、いつ以来口にしたのか。
自分は変わったなと思う。でもそれが嫌じゃなくて面白い。この人といるとなんでいつもこんなに楽しいのかな。
「どうしたんですか。えーと、あ、ここに座ってください」
 さっきまで自分が座っていた医師の前の丸椅子を指差す。それでもぼんやりしているイルカの脇に腕を差込み、よっと声をかけて座らせた。それから、医師に声をかけた。
「この人、大丈夫かな。診てくださいよ」
 どこから見ても元気なカカシを診断することは諦めたらしく、老医師はゆっくりと聴診器を黒い鞄にしまいながら「問題なし」と言った。
「全然診てないし! 本当に大丈夫なの? 変だけど、この人」
「お前が元気で驚いているだけじゃ。生きてるかどうかもわからんと散々言われてきたんじゃろ」
「誰に」
「綱手とアンコにの」
「何言ってんの、あの2人は」
「アンコと賭けをしたそうじゃ。ラブがどうとか言っとったかいの」
「ラブ?」
 白衣を脱いで適当にたたみながら老医師は続けた。
「お前に惚れとるそうじゃ」
「へぇ」
 どうでもいいことがありありとわかる気のないカカシの相槌だった。
「あの2人じゃないぞ」
「冗談でも怖いって」
「イルカ」
「ん?」
「イルカがお前に惚れとるかどうか賭けをしたそうじゃ」
「平和ですねぇ。火影様も何を考えてんだか」
「イルカがラブだと言ったんじゃと」
「え・・・」
「まぁ、賭けは火影の勝ちのようじゃの」
 放心しているイルカをチラリと見て、老医師は今日は大晦日だしな、早く帰らんとばぁさんに怒られると言って医務室を出て行った。
 カカシはぼんやりしているイルカを揺さぶる。ラブって、ラブ? あのラブ?
 火影様が勝ったって、どっちに賭けたんだ。酒代稼ぎに何でも賭けにする女が勝算ありと踏んだ。 
「先生、先生! イルカ先生」
 はい、と正気には程遠い顔のイルカにカカシははぁーっとため息をついて、イルカの前の丸椅子に腰掛けた。
 イルカの両腕を掴み、「先生」と静かに呼びかけた。
「火影様に何を言われたかわかりませんが、俺があなたに会わずに死ぬわけがないでしょう? これでも優秀な忍なんですから」
 半分気が遠のいていたイルカはようやく自分を少し取り戻し口を開いた。帰ってきてくれて嬉しかったがそれを実感できているのかいないのか、驚きすぎていて自分がわからない。
「カカシさん」
「はい」
「私はあなたからの伝言を受け取ったとき、とても安心しました」
 激しく動揺していたのが嘘のように冷静になれた。たった一言で。
「ちょっと待てばカカシさんは帰ってきてくれると思ったからです」
「すみません」
 イルカは小さく首を振った。
「いつの間にか私はあなたを信じていたんです」
 腕を掴んでいるカカシの手が震えたような気がしてイルカは視線を落とした。パッとカカシが手を離す。
「あの、言わせてもらってもいいですか。あのですね、」
「言い訳は聞きません」
「いや、あの、こんなに遅れ」
「カカシさん、言い訳はいりませんよ」
 きっぱり言い切ったイルカにカカシは肩を落とした。そんなカカシにイルカはくすりと笑って言った。
「言い訳なんて必要ないんです。遅れたことにはご事情があるのでしょう、任務ですから。それを責めるつもりは全くありません」
 そっと手を伸ばして、カカシの手に触れる。あたたかい。闘いで荒れている指先が愛しかった。この手が木の葉を守っている。
「お元気そうでなによりです。本当に良かった」
「はい。この通りぴんぴんしています」
 わざとらしく腕を曲げて力こぶを見せつけるカカシにイルカは笑った。驚きが過ぎ去れば、久しぶりに気分が晴れて笑みが浮かぶ。
火影様とアンコにからかわれたことは腹が立つが正月休みをもらったことはラッキーだ。だけど休み明けに山ほど文句を言ってやる。
『あの血の量じゃ』とか『外科部長が』などとまぎらわしいことを言って、こっちの反応を窺っていたなんてどんな上司だ。なにが『あいつだって怪我ぐらいするさ』だ、こんちくしょう。とっとと帰っただろうあの2人がうんざりして、泣きついて来てもネチネチ言ってやろう。
限定20食のスペシャルランチを1ヶ月奢ってもらって、ギシギシ鳴る教員室の椅子も変えてもらって、受付業務も断固拒否だ。それくらいの嫌がらせは許されなきゃおかしいし、許さないと言ってもそんなこと知るもんか。
今思えば『ラブ、だな』と言った火影はふふんと勝ち誇ったようにアンコに笑いかけていたし、『ラブ、なんだぁ』と言ったアンコは悔しそうだった。まったく失礼な女どもだ。
俺のラブを甘くみるなよ。あんたたちにからかわれるほど軽くはない・・・と思うぞ。
イルカはカカシを挑戦的に見た。その視線をカカシは気負いなく受け止める。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける