いつか愛になる日まで
即答したイルカに『おや』という目をした上忍へ、それまで様子を見守っていた同僚が袖を引っ張るのも無視してイルカは持ち前の真面目さで言い放つ。だらしないのは嫌いだ。
「任務完了後の報告は早ければ早いほど良いです。些細なことでも覚えている限り他人に、ほとんどの場合が上司にですけど、伝えたほうが里のため、ひいては本人のためにもなります。できればすぐにでも書面に残すのが一番です」
「真面目ですねぇ」
「長所です」
「なるほど。それは確かに長所だ。まぁ、そういうわけでして、あんまり早い時間は無理なんですよ」
「・・・はぁ。ところで何の話なんですか?」
途端に混乱したイルカが最初の問いに戻ってもあっさり流されて、一方的に話は続いてゆく。
「どんなに早く見積もっても19時半までは体があきそうになくって」
「・・・そうですか」
だからなんなんだと言いたいのを我慢していれば、何も答えてくれない上忍は馬鹿としか言いようのないことを真面目な顔で堂々とのたまってくれる。
「もう少し残念そうな顔をしてくれませんか」
「・・・・・・」
イカレてるかもしれない。本当にこの人はイカレているのかもしれない。
ため息を押し殺している自分の中の怒りのボルテージはかつてないほどの速さで急上昇中だ。脳溢血で倒れたらこいつが犯人だ。間違いない。ストレスで殺される。
これが上忍ではなく、背後でいつの間にか罪のなすり付け合いをやめ、面倒事を全部自分に押し付けて耳をダンボにしている同僚たちなら、とっくの昔に手も足も出ている。もう噛み付いてやりたい。
女性にはともかく、冷静に見て短気だと自他共に認めているイルカだが、それをわかってるんだろうかとチラリと上忍を見ると、まったくわかっていないことが一目で見てとれるのほほんとした平和な顔をしている。その顔を見ていると中忍の事情なんか知るわけないよなと途端にイルカはうんざり諦め気分になった。
こんなに疲れる人が上忍なんてイヤだ・・・。イヤ過ぎる。絶対一緒の任務につきたくない。里の英雄はどこかぶっ飛んでるのか?
生徒たちより疲れてしまうのは気のせいではない。こんなやっかいな人なら誰が何と言おうとますますお近づきになりたくないとぐったりしていると、まだ勝手に会話は続いていたらしく、だんだん無愛想になってゆくイルカとは反対に上忍様はなんだかやたらとご機嫌だ。
「受付業務は何時までですか?」
「・・・20時です」
「それは素敵だ。では20時半に正門ということで」
「あの・・・いったいこれは何の話をしているのでしょうか」
最後の気力を振り絞って無理矢理愛想笑いを浮かべたイルカをあざ笑うかのように、目の前の上忍はイルカのこめかみがさらに引きつるようなことをあっさり口にした。
「飯、食いに行く話です。うーん、冷酒かなぁ」
「は・・・・・・」
・・・・・・は?!
「では20時半に正門・・・でいいですよね。楽しみにしています、えーと」
と、ふと真面目な顔でイルカを見下ろした上忍は中忍4人をさらに呆れさせるようなことを口にした。
「えーと、お名前は」
「はっ?」
「お名前。よく考えたら、あなたとは初対面のような」
のほほんと口にしたカカシを見つめたまま、イルカは物も言えない。後ろにいる3人も無言なため、いたたまれないほどの沈黙が場を支配する。
気を取り直したイルカが口を開いたときには不自然な間があいてしまっていたが、それを気にする様子も見受けられないカカシはカリカリと耳を掻いていた。
「うみのイルカです」
「イルカさんですか。なんだか楽しそうなお名前ですね」
そんなズレたことを言われても何を言っていいのか見当もつかなかったので、とりあえずイルカは「そうですか」と答えておいた。もう何でもいい気分だった。
「では今夜よろしくお願いします」
「えっ」
やっと何の話か理解したと同時に話が終了し、勝手に食事の約束までしたことになっているイルカはあまりのことに目を回していたが、それを不信がることもなく淡々と上忍は話を続ける。
「今度の火影様は記録的な短気って知ってます? まだ約束の時間まで5,6分はあるというのにずぅっと式がうろうろしてて」
後ろに回していた手を『ほら』というように、目の前に出されると確かに式が3つ捕まっていた。
全然気がつかなかった。式がいるのも、捕まえているのも。こういうことを目の当たりにするとさすが上忍と素直に感心するのだけれども、支離滅裂の意味不明なことを口走っている目の前の男はそれとはまた別物なのだと思いたくなる。
「そろそろ行かないと本気で殺されるんで失礼します。あの人、親切ぶってお茶を出してくれるのはいいんですけど半分の確率で毒が入ってるんです。時々飲んでしまってひどい目に遭ってまして。随分笑われました。こぼれそうな胸で肩が凝るんだとか。それを俺に八つ当たりされても、ねぇ?」
失礼だったり、ぶっそうだったり、エロっぽかったりすることをさらりと言って、肩をすくめた上忍は呆気にとられるイルカとその同僚たちを残してスッと消えた。
「お前、はたけ上忍と初対面なわけ?」
同僚がようやく疲れた声を発したのは随分時間がたってからで、上忍の出現は誰の胸にもいろいろな意味で衝撃が大きかった出来事だったのだと思われた。
「一応ナルトたちの引継ぎでちょっと話したことがあるけど。それ1回だけ」
「初対面じゃねーじゃん」
「覚えてないんだろ」
「なぁイルカ。お前、金持ってる?」
「財布の中は木枯らしがふいてるよ」
「給料日前だもんな」
同僚たちは同情のため息をつき、イルカの肩を叩いて、頭を乱暴にかき回した。
普段自分たちが行っているような安さだけが売りの汚い店に上忍を連れて行くわけにもいかないし、それならそこそこのお店に連れて行かれるのだろうと予測すると金がかかることは間違いない。
「上忍さまと飯かぁ」
「接待だと思うしかないよな」
「頑張れよ」
気安い仲間とのストレス発散目的で飲みに行くのは楽しい。酒のつまみになるのは上司の悪口や少々下品な猥談だ。それを封印して、なおかつ失礼のないように話を途切れさせずに相手に気持ちよく時間を過ごしてもらわなければならないなんて、こっちとしては気が気がじゃなくて一体全体食べているのかいないのか味もわからない。あー、やだやだ。
「お前代わってくれない?」
早々と気が重くなったイルカが頼むと、目を丸くして同僚は言い返した。
「おっまえ! 今約束したんだろうが」
「急病だとかさ」
「絶対ヤダ」
「だって苦手なんだよ、あの人」
「俺だって苦手だよ」
胸の前で腕を交差させバッテンを作った同僚はどんなことがあってもダメだとゆるぎない決心をヒシヒシと感じさせる。
「じゃ、お前は」
「言っとくけど、誘われたのはお前だから」
ビシリと決められて、イルカはがっくり肩を落としながらも、恨めしげに残りの一人を横目で見た。
「無理!」
視線に気づいた同僚も即答で、ますますイルカの肩は落ちる一方だ。もし自分が反対の立場だったら、頼まれても決して『うん』と頷かないだろうことを思えば、同僚たちの無情さも理解できる。
「元気だせよ。明日は飲みに行こうぜ」
「お前のぶんくらいは奢ってやるよ」
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける