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いつか愛になる日まで

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 そう言って、カカシは前髪をかきあげた。唯一見えている左目が自分を見ていた。この一週間、口布のない顔を見なかった日はないが、いまだに噂の車輪眼は見たことがない。真っ赤な目というのをちょっと見てみたい。
「呼び捨てにしてくれてもいいんですけど、それじゃ気になりますよね?」
言われて慌てて頷いた。ほうっておくと呼び捨てにしなくてはならなくなる気がする。
「とても気にしますので、それだけは勘弁してください」
 カカシはため息をついた。
「あのですねぇ、その敬語もどうにかなりませんか」
「えっ?」
「なんと言いますか、こう堅苦しいと言うんですかね」
「でも年も階級も、はた・・・カカシさんのほうが上ですよ」
 年はともかく階級は絶対だ。
「こーんなロクデナシでも?」
「いや、それは、そんなことは」
完全に否定できない自分がイルカはもどかしい。顔色も変えずに、むしろにっこり笑って『いぃえぇ、そんなことないですよぉ。誰がそんなこと言ってるんですかぁ』くらい言えればもう少し上手に世間を渡っていけたかもしれない。・・・・・・現状に不満はないけど。
すでに癖になっているのか、軽く眉間にしわを寄せたイルカにカカシは胸の内でこっそり、それでも用心して忍び笑いをする。この人は笑われるのが好きじゃない。
「いいんです、わかってますから。実は我慢してたんですよ」
「はぁ、我慢・・・」
「そう、我慢。いつになったら先生は敬語をやめてくれるんだろうと思って耐え忍んでたってとこですかね」
「耐え忍ぶ・・・」
 敬語はやめて欲しいと訴えているのだろう上忍は、きっと自分が敬語を話すのに飽きたのに違いない。その証拠に言葉遣いがあやしくなっていたが、こちらのほうが違和感がなくていい。
「そう。毎日毎日こうやって飲んでるのに次の日に誘うとびっくりした顔するでしょう。なんで?! っておっかなびっくり。いつまでたっても慣れてくれないので、こっちも意地になっちゃいましてね、驚かなくなるまで先生を誘おうと思って」
「・・・・・・そんなこと考えてたんですか」
 そう、とかんぱちの刺身を二ついっぺんに口に入れて、カカシは頷いた。
「それでもいつまでたっても驚くでしょ。どうして?」
本当に不思議そうに聞かれて、この人も生きにくそうな人だとイルカは思った。不器用なのだ・・・というか、単にずれてるだけだ。どうして? って、んなもんたかが中忍が一流の上忍にかまい倒されて平静でいられるわけがない。それをあちらこちらで嫉妬されるなんて間違ってないか? 俺はそのうち気を使いすぎて胃に穴があくぞ。そういうことって、なんでわっかんないかなぁ。
「ところで、どうしてミズナって人と別れたの?」
「ぐほっ」
 盛大に噴出し、その上気管支に紛れ込んだ酒にイルカは激しく咳き込んだ。それを慌てもせずに眺め、申し訳程度にイルカの背中をさすりながらカカシはのんびりと言った。
「なかなか派手に噴出しましたねぇ」
「ごほっ! げほっ! はぁ! 突然なんなんですか」
「うーん、ミズナって人と付き合ってたと聞いたので」
 クソ、あのときか。聞かなくていいよ、そんなことと思わずイルカはつっこみを入れていた。もちろん胸の内で。
「振られましたけどっ、ねっ」
「どっちが振られたんですか」
「ごほっ・・・俺です・・・けど」
「振られる前に振るっていうのどうですか」
「・・・?」
「巨乳だったとか」
「は・・・・・・」
「でも、あれって結局脂肪なんだよねぇ」
「・・・・・・」
「なんであそこにだけ脂肪がつくんですかねぇ、不思議ですねぇ」
 俺にはあんたのほうがよっぽど不思議だよ、ほんとに。
そろそろ本格的に意思の疎通が不自由になってきた。さすが上忍、頭の中身もたかが中忍には何がどうなっているのかさっぱりわからない。
さっきまで普通の上忍だっただろ?! なんのスイッチが入るんだよ?!
「誰もが俺のことを色情魔だと思ってるっていうか、馬鹿にしてるっていうか、まぁそういうことを好き放題言ってるでしょう?」
「それは・・・」
 誤解です、とは口が裂けても言えないとイルカは思った。口にはしないが実際イルカも次から次へとよくやるよなぁと呆れていたので。
「どうも不感症みたいで」
「は・・・・・・」
「気持ちよくないんです」
「はぁ」
「なので、かたっぱしから寝てみたんですよ。数打ちゃあたるかと思って」
「・・・・・・何にあたるんですか」
「誰か気持ちよくさせてくれるんじゃないかと」
「・・・・・・はぁ」
「だって、みんなすっごく気持ちいいって言うから。それってずるくない?」
「ずるい・・・」
「俺以外の人ばかり気持ちよくなってずるいでしょ?」
 俺だって気持ち良くなりたいよ、とブツブツ言うカカシを呆然とイルカは眺めた。
 勝手に羨ましがっててくれ、と脱力した。もう、いいじゃん、別に気持ち良くなくっても。片っ端から試せるほどなんだし、と思ったのが聞こえたのか聞こえなかったのか。どこか探りをいれるかのような声がした。
「あなたは気持ちいいですか」
「げ・・・・・・」
そうくるか。そうくるか。・・・そうきたかぁ、・・・・・・やっぱりなぁ。
この男は知りたがりだ。
『明日は受付にいますか』『さっき話していたのはどなたですか』『教員室はどんなところですか』『今日はお暇ですか』・・・・・・ああですか、こうですか、どうなんですか。
 なんでも知りたがる。
「あのですね、はた・・・カカシさんと私が求めているものは根本的に違うと思います。身体がどうこうではなくて。俺は穏やかな恋愛を楽しむのが好きですけど、あなたはなんていうか浮き沈みの激しい感情的な、情熱的?な恋愛を楽しみたいのでしょう? だからさっきの質問には俺が満足したからと言って、あなたが同じようにしても満足を得られるとは思えませんよ、っていうのが返事です」
「ふぅむ、先生、さすがだ。先生になるだけあります。説得力が違うなぁ」
 そんなに感心しなくても、普通の男ならこれくらい言える。しきりに頷いているカカシに呆れながら、この人はどんなに格好が良くても恋愛には向いていないと思った。ちょっとずれているのか、だいぶずれているのか、そんなことどうでもいいけど完全に規格外だ。
山ほど浮名を流しているのも、本当は女性たちのほうがこの人についていけないのじゃないだろうか。だから次々と付き合う女が代わってるんじゃないだろうか。あ、なんかそんな気がしてきた。試しに寝られる女性もたまったものではない。そして気持ちよくなかったとかで、勝手に捨てられるのか捨てるってことになるんだろう。
 目の前に並んだ料理に箸をつける。刺身、胡麻和え、だし巻き卵。少しづつ箸をつけるその間もカカシは何を考えているのか「あー」とか「うー」とか「でもなー」とか意味不明なことをブツブツつぶやいて、チラリとイルカを見る。
 そのままジッと見つめてくるから、首をかしげた。なんですか。そうしたら、カカシも首をかしげる。・・・なんであんたが首をかしげるんだ。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける