いつか愛になる日まで
なんだか悔しいから、首をかしげたまま、あっかんべと舌を出してみた。思ったとおり同じく舌を出してくるから、さらに眉間にしわをよせて睨んだところで「決めました」と突然晴れ晴れとした声で言われた。あっという間に男前の顔に戻っている。それじゃ俺がバカみたいじゃないか。カウンター越しの店員にまで笑われて、イライラした声が出た。
「何を決めたんですか」
「あなたに決めました」
「ん? え・・・っと、何を私に決めたのでしょうか」
この展開は似ている。一番最初の頭の痛くなるようなノータリンの会話に似ている。そう思い当たって、慎重に心を落ち着け、暴言に身構える。たぶん、やっかいなことを言う。深呼吸を1回、2回。
「お付き合いしてください」
止める間もなく、盛大なため息が出た。
だから、理解できる言葉を話せ。話せないなら、もう黙ってろよ・・・。
・・・・・・この神経断絶男の頭の中が見てみたい。
店員が肩を震わせて笑っている。
アホなやつにはかかわらないに限る。イルカはそっぽを向いて、くいっと酒を飲み干した。
そんなイルカの態度を気にすることもなく、上忍様は真剣な声でふざけた口調という器用なことをしながら確認するように言っている。
「もちろん、恋愛関係のお付き合いですよ。ラブですよ、ラブ。そこんとこ、ヨロシク」
このところ、カカシをカカシたらしめているやっかみまじりの女性の噂がふっつりと途絶えてしまっていた。馬鹿みたいにモテているのには変わりないが、「去るもの追わず」に加えて「来るものまで拒んでいる」らしく、それはそれでまた噂だった。実情をイルカに聞きにくる馬鹿までいて呆れる。
「知りません!!」
女性関係が派手だろうと地味だろうと、上忍様は注目の的だ。
噂が噂を呼び、どれが噂でどれが真実かわからなくなった頃、「カカシが友情に目覚めたのだと言っているらしい」という新しい噂が突風の勢いで里を駆け巡った。今まで女にしかうつつを抜かしたことのないカカシが言う友情の先にいるのはイルカだと今では誰もそれを疑わない。
そして長くて2週間で終わるはずだったお食事会は、3ヶ月過ぎてもまだまだ終わりそうにない。さすがに毎日ではないが、3日をあけずにコンスタントにお誘いされる。
「イルカ、お前、すげぇな。あの上忍にあんなことを言わせるなんて」
今日も受付業務の同僚に尊敬の眼差しで驚かれ、「面白おかしく誰かが言ってるだけだ」とイルカは昨日と同じことを繰り返した。人の噂も75日と耐え忍ぶイルカの努力を知らないとは言え上忍様は次から次へと火種を落としてくれる。
何が友情に目覚めただ。ラブが友情ならそのほうが都合はいいが、お付き合いしてくださいってのは恋愛関係だと言ってなかったか?
3ヶ月たってもカカシはイルカから離れようとしない。その間に1週間の任務が2つと3日の任務が3つ入った。最初、1週間の任務が入ったと知ったとき「あぁ、これで普通の生活に戻れる」とホッと胸をなでおろし、まさに希望通りの平凡な毎日を過ごしていたのに、8日目に「ただいま、先生」とカカシがにっこり戻ってきた。それからまたほとんど毎日一緒に夕飯を食べて、3日間の任務に出て行った。そしてにっこり戻って・・・・・・と同じことを繰り返して今日に至る。
外食ばかりに飽き飽きしていたイルカが勇気を振り絞って、上忍様のお誘いを断ったときザワリと外野がざわめいた。・・・・・・聞き耳たててんなよ。
『あいつ、断ってるぜ!』『マジかよ?!』と言ったところか。
さり気なく近くを通っていく忍たちを面倒くさく思いながらも、イルカは目の前の上忍の様子にドキリとした。猫背でしょんぼりと立っている姿は里の英雄とは思えない。いっそ哀れみを誘う。
「ご迷惑でしたよね、毎日毎日じゃ」
「えっ! いや、その、そういうわけじゃありません・・・けど」
しりすぼみの声になるのははっきりと大迷惑だと言い切れないが、そうではないとも言い切れないからだ。この人の何がどう魅力的なのかわからないが、女も男もカカシと親しくしているイルカへの八つ当たりは日に日に激しくなる。
イルカから言えば、一方的に仲良くされているとしか言いようのない関係だったが、傍から見れば上忍に取り入っている中忍にしか見えないらしい。どこに目をつけているんだか、迷惑な話だ。
「私は楽しかったんで、ついついお誘いしてしまって」
あの!! とイルカはちょっと大きな声を出した。周りの目と耳が気になって仕方ない。どう見てもカカシはしょぼくれている。これじゃ上忍をいじめる中忍みたいじゃないか。・・・・・・ありえないだろ。
「あのですね、場所を変えませんか?」
返事も聞かずにイルカはスタスタと受付に向かって歩き出した。あそこには控え室がある。受付は原則24時間体制なので、ちょっとした休憩場所といったところだ。
チラリと後ろをみると、上忍様は大人しくついてきていた。大きな子供のような人だとイルカは抑えきれないため息をこぼした。これでまた風当たりは激しくなるに違いない。
うまい具合に控え室は無人だった。もしかしたら中忍特有の嗅覚でもって、ここを開け放したか。
「さきほどのお話ですが、迷惑とは思ってません」
心の中で、全然とは言えませんが、と付け足す。
「でも」
「外食に飽きてきたんです。そこでですね!」
なんだかケンカ腰になってきているなと思いながら、やけくそ気味にイルカは話していた。
自分は教師をしているだけあって子供には弱いのだ。心底怒りながら、うんざりしながらも突き放せない。根っからの教師体質なのだ。ああ、この人が子供みたいな人じゃなかったらよかったのに。そうしたら、蹴っ飛ばして終わりだ。
「よかったらうちに来ませんか。一緒にご飯を食べるってことでしたら、私が作ります」
「え」
「そりゃあですね、外のものより上手に作れませんけど、健康にはいいと思うんですよね! 濃い味つけにはうんざりなんですよ」
友情? けっこう! このずれまくった上忍様と友情をはぐくんでやろうじゃないか。どうだ! 羨ましいだろう!
イルカは誰に向かってなのか自分でもわからなかったが、胸の内で威張りくさった口調で言い放った。その癖、俺だったら全然羨ましくないと強く思ってもいた。それでも開き直ってしまった。
だいたい、この頃の女性たちの嫌がらせにも納得いかない。廊下でぶつかられ、大げさに「いたぁい」と騒がれたり、足の甲を踏まれるのもダントツに多い。顔も知らない女性に「さえない男ねぇ」と面と向かって言われるのは日常茶飯事だし、数人で「ダサァイ」「ありえなぁい」などときゃあきゃあ笑われるのもうんざりだ。
この上忍と仲良くしたいんなら自分から近づいていけばいいのに、それもしないで僻んでいるだけなんて馬鹿みたいだ。それにやられっぱなしってのも気に入らない。だったら、うんと仲良くなって見せ付けてやる。
「で、どうしますか?」
きつい口調で尋ねたのに、上忍様はキラキラ目まで輝かせてイルカが驚くくらいの大きな声で「やった!」と叫んだ。この声は聞き耳を立てているに違いない外野に聞こえたなとイルカの口元が引きつる。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける