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【米英←仏】フランシスの受難の一夜

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 ホテルはバーから徒歩十分ほどのところだった。どうにか部屋まで辿り着き、アーサーをベッドに下ろす。細身とはいえ、男ひとりを担いで来たのだから結構な重労働だった。はあ、と息をひとつ吐いてから見ると、アーサーはとろんとした目を自分に向けたところだった。
「起きたか? 服は風呂場に置いてきたからな」
「……ん」
 意味を分かっているのかいないのか、彼は短くそう云っただけだった。自分が全裸に近い姿をしていることを自覚しているのだろうか。
 アーサーは今、下着と靴下以外のものを身につけていなかった。何故そんなことになったかといえば、彼の着ていた服は彼の吐しゃ物まみれになってしまったからに他ならない。スーツの上も下もネクタイも、そしてYシャツもすべてだ。どうせ誰も見ていないからと、それらをすべて脱がせて自分の上着を引っ掛けさせた状態で背負って来たのである。そしてとりあえず彼の服は風呂場のバスタブへと放って来たが、そのままというわけにはいかないだろう。仕方がない。乗りかかった船だ。
「吐いたから少しはすっきりしただろ。俺は服洗ってくるから、お前はおとなしく寝てな」
 額を撫でると彼は気持ちよさそうに目を閉じかけたが、フランシスが部屋を出ようとすると、途端に切羽詰まった声を投げかけた。
「いやだ……いくな、」
 振り返ると、熱に浮かされたように潤みを帯びた目が自分を見つめていた。
「いかないでくれ。なんでもする。おまえのしたいようにしていいから……」
「えっ」
 たかが少し部屋を離れようというだけなのに、何と云う殺し文句だろう。フランシスは少なからず動揺したが、飲み比べ対決に彼がそれを賭けていたことを思い出す。
 ――もし、俺が勝ったら?
 ――……そのときは、お前の好きにしていい。
 彼が潰れたからには、賭けは自分の勝ちでいいだろう。つまり自分は彼に何でもしていいということだ。
 フランシスはそもそも彼に手を出すつもりで賭けに乗り、勝ったあかつきにはホテルに連れ込む計画だった。そしてことはその通りに進んでいるのだが、あまりにも悪酔いしている相手の前に、そんな欲望も少しだけしぼみかけていた。最中に状態が悪化して再び戻されでもしたらたまらない。
 だが、こんな風に誘われて、どうして己を我慢することなど出来ようか。……出来るはずがない。
「なあ……はやく、」
「……ああ、分かった」
 アルコール摂取のためだけではない喉の渇きを感じ、唾を飲み込みながらフランシスはベッドに上がると、裸の彼の上に馬乗りになる。
 そしてまずはキス……と思うも、さきほど吐いたばかりの口にキスするのはためらわれる。せめてもと頬や目元にくちびるを落とす。アーサーはうっとりと目を閉じていた。
「アーサー」
 耳元で囁くと、ぴくん、と長い睫毛が震える。首筋に顔をうずめて、もう一度、アーサー、と呼んだ。すると驚くべきことに彼はこう云った。
「アル……」
「え」
「アル……アル……」
 うわごとのように同じ言葉を繰り返している。人名のようだ。誰のことだ、と思うが、心当たりは一人しかいなかった。例の弟のことだろう……ほぼ、間違いなく。
「あのな……アルはここにはいないぞ。出て行った」
 この期に及んで他の男、それも弟と思われる人物の名を呼ぶ彼に呆れとともに苛立ちを感じたフランシスは、軽い気持ちでそう云った。だがそれは想定外の効果を伴っていた。
「でてった……?」
 アーサーは目を大きく見開いた。そしてフランシスの顔を見ると、まるでそこにいるのが彼であるのが信じられないかのようにショックを受けた表情を浮かべたのである。その両のまなじりからまた大粒の涙が流れ落ち、フランシスは今日何度めかの吐息を漏らした。
「おいおい、嘘だよ」
 むしろ泣きたいのはこっちである。何でこうも弟の存在に阻まれないといけないのだろう。これではセックスどころではなさそうだ。――いや、何よりも、今、彼はフランシスをフランシスだと思って誘ったわけではなかったのではなかろうか。そんな疑問を浮かべると同時、フランシスはある仮説を思いついていた。
「なぁ……お前、弟と出来てんだろ?」
 それをそのまま言葉にすると、アーサーは弾かれたようにベッドから身を起こし、フランシスを睨みつけた。
「なっ、何云うんだばかぁ! 弟を侮辱するな!」
「あれ、違うのか」
 激しい否定に、フランシスは圧倒される。嘘を吐いている感じでもない。けれどその言葉に何か引っかかるものを感じる。「弟を」侮辱するな。そう彼が云ったからだ。
 それって、と質問を続けようとした矢先、アーサーはぽつりと呟いていた。まるでそれを懺悔せずにはいられなかったかのように、苦しげに。
「あいつは違うんだ。おれが……俺が勝手に、」
「お前……」
 今度こそフランシスは確信を持って尋ねた。
「弟が好きなんだな?」
 図星。アーサーの表情はそれを伝えるのに十分な反応を返した。綺麗な碧色の目が一瞬瞬きをする。わずかの間だけフランシスに焦点を戻した視線は、すぐに外されて俯いてしまった。泣いたせいだけではないだろう、目元がほのかに赤くなっている。
「……そんなんじゃ……」
 ない、というには明らかすぎる。フランシスは頭を掻いた。
(ああもう、どうしようかな……)
 こうなればもう手を出す気など引っこんでしまった。だけど放っておくには心配な状況である。つくづく今日はついてねえなぁ、と心の中で呟く。
 ……と、そのときだ。
 部屋の向こうから、かすかにメロディが流れてくるのをフランシスは耳にした。その正体はすぐに分かった。携帯電話の着信メロディだ。自分のではない。つまり、アーサーの携帯である。さきほど脱がせた服のどこかのポケットに入っていたのだろう、音源は風呂場のようだ。
 アーサーを見るが、彼は電話の音に気づいているのかいないのか、放心した様子だ。この分では気づいているとしても電話に出ることは不可能だろうが、とりあえず取ってきてやるか。そう思ってフランシスは一人、寝室を出る。
 風呂場に着くと、音は壁のタイルに反響して大きく鳴り響いていた。おかげでスラックスのポケットにあったそれを簡単に探し当てることに成功する。それにしてもこんな時間に誰だ、と液晶画面をちらりと見て、フランシスは固まった。アルフレッド、とある。――アルフレッド……アル……コイツか! 気がついた瞬間、通話ボタンを押していた。
「もし……」
『アーサー! 君、今どこだい? 俺がどれだけ探し回ってると思ってるんだよ! どうせまたどこかで飲んでるんだろう?! いい加減に―――』
 もしもし、という間もなく相手の声が勢いよく被さってきて、フランシスは思わず受話器を離した。それから再度顔に近づけると、穏やかに話しかける。
「あー、ちょっと待て。俺はアーサーじゃなくてな」
 一瞬の沈黙が流れた。
『……君、誰だい? 何でアーサーの電話に』
 訝しげに問う口調は、完全に不審者に対するそれだ。まぁ無理もないか。
「一緒に飲んでた者なんだけどな、ちょうど良かった。お前、コイツの弟だろ?」
『!? ――そうだけど、何で俺のこと……』