如月の恋
僕はおまえが好きだった。そして今でも好きなんだ。
たとえ世界が木っ端微塵になったとしても、その残骸の破片から、恋の想いは炎となって燃え上がる。
by ハイネ『歌の本』
好きだ、好きだ――
何度もそう吐いた愛の台詞はどれも、陳腐なものでしかないと感じたのはいつだったか
恋をしても心のどこかがぽっかりと、満たされなくなったのはいつのことだったか
途端に、今までの愛は"色"を失い、唐突に、本当の愛の"色"を知りたくなった
真実の愛とはなんであろうか、こんな自分にも、訪れるのだろうか
その時、この台詞はただのおままごとではなく、本当の愛を乗せた言葉へと変わるのだろうか
そんなことばかり、考えていた過去の自分
「…見つけた」
「アラ、ウディ…?」
差し込んだのは一筋の光
今までにない、強烈な閃光をともなっていた
男の、光を受けて輝くプラチナの髪と冷たい、凍った瞳が印象的だった
自由を何よりも好み、孤独を愛する男
最初はその鋭い瞳で見つめられるのが恐かった
偽りの愛を振りまいてきた自分の本性を暴かれるのが恐かったから
それでも、
『ねぇ、そんな瞳で見ないでよ』
『?そんな、瞳?』
『…僕が欲しい、って訴えてる』
――求めた、心が、魂が
『僕が、あげようか』
愛の重さを、恐さを、喜びを、僕の抱える全ての愛を
――男の中に見つけた、真実の愛を
「Gが騒いでたよ。…君がいなくなったって大声で」
「そうか…すまない。すぐ戻ろう」
立ち上がろうとして、その手をとられる
「?」
首を傾げてアラウディを見るも、その瞳はどこまでも変化はない
「アラ「君が何を悩んでいるかはしらないけれど、」?」
ふいに、アラウディの口角が上がる
滅多に浮かべない、妖しい、魅惑の微笑
ぞくり――背筋に悪寒が走る。不快ではない、その感覚
アラウディはゆっくりと口を開いた
「まだ、僕の愛を信じていないのだろう?」
疑問系だが、その響きは確信に近い
「なにいって…」
ジョットは狼狽する。すると、アラウディは苦笑を浮かべた
「言ったじゃない…『僕が、あげる』って」
君のココに、僕の持つ、全ての愛を
真実の愛の、本当の意味を、色を、重さを…
そう言ってアラウディはジョットの胸、心臓に自身の手を当てた
「ア、ラ」
「…言っておくけど、僕の愛は普通じゃない。自分で言うのも変だけど、僕の愛は常識を逸してる」
誰にも見せたくない、口を利かせたくない、自由を奪ってしまいたい、閉じ込めてしまいたい…
それでも君は、僕の愛を欲するかい?
ジョットに問うアラウディの瞳は少しばかり、不安を滲ませていた
「本当に、オレを…愛してるの、か…?」
信じて、いいのか?
呟かれたそれは、酷く頼りないものだった
透き通るような橙の瞳は儚く揺れている
アラウディはふっ、と口元を緩めた
「君を愛していないなら、僕はこうして君を探したり、ましてや君を傍に置いておくことなんてありえないよ」
僕の愛は極端なんだ
苦笑にもとれる笑みに、ジョットは瞬きを繰り返す
「君だから、こうしていられる」
「本当に?」
「…どうしたら信じてくれるかな」
依然、信じるのを躊躇うジョットにアラウディは悩む
そして、
「仕方ないね――強硬策だ」
何が、とジョットの口が紡ぐ、その前に
アラウディは自身の唇でジョットの唇を塞いでしまった
「――んぅ、…ふ、」
突然のことで息継ぎが出来ないジョットは苦しそうにもがく
無意識に逃げる腰。だが、がっちりとアラウディの手によりホールドされてしまう
息を吸おうと口を微かに開いた瞬間、アラウディの舌が待ってましたと言わんばかりに侵入
口内を掻き回され、飲み切れなかった唾液が唇の端から伝った
「っは…どう?これで分かった?」
「な、にが…っ」
「僕が君を愛してやまない、ということが」
真顔で言い切ったアラウディに、かぁっと頬が熱くなるジョット
「な、な、なんでそう、平然とっ…!」
「君だって昔は言えただろう?」
「そ、それとは、ま、ったく、ちが、ものだっ!!」
「どうでもいいよ、」
そんなの、どうでもいい
君が、僕の愛を信じてくれるのなら、どうでもいい
小さく呟いてジョットを抱き締めるアラウディ
ジョットはその背中に、しばし躊躇った後、そぉっと腕を絡めた
その様子に、アラウディは緩く笑う
「…愛してるよ、ジョット」
低く、真綿に包まれたような愛の囁き
それを聴いた瞬間、ジョットは心が満たされたのを感じた
(やっと、見つけた)
否、ようやく掴めた
本当の愛を、それを伝える為に吐く愛の言葉の重さを、そして、その相手も――
嬉しくなって、自然と口元が緩む
不意に、この想いを伝えたくなった
嗚呼、これが本当の"愛"というやつなのか
「オレも…愛してるぞ、アラウディ」
は、と息を詰めたアラウディに
ジョットは口元に淡い笑みを湛え抱きついた腕に力を込めた
この想いは永遠に、燃え尽きることを知らないのだろう
世界が消えても、木っ端微塵になっても、この愛に灯り続けていくのだ
【永久不滅の恋】