如月の恋
恋というものは心から心に至るもっとも短い道である。直線である。
by モーリス・ブデル
「不思議ですよねー」
「…何が?」
「恋です」
「こい?魚の?」
「違いますよ、恋愛の方の恋です」
呆れたように溜め息をつくのは、毎度御馴染み不法侵入で綱吉宅に入り浸る六道骸である
綱吉は少しムッとした
「なんで、いきなり…」
「ある人が『恋は直線』なんていってたのを今思い出しまして」
「はぁ」
いきなり何を言い出すんだ、とばかりに綱吉は溜め息をついた
そして、今までもこんなやり取りをしてきたことを思い出し、また溜め息
「溜め息ばかりしてると幸せが逃げますよ」
「ほっとけ」
投げやりに返すと、向こうの方で「あ、綱吉君冷たーい」などと骸が文句を言っていた
「綱吉君は考えたこと、ありませんか」
「何を、」
「恋はどのようなものか、」
真剣みを帯びた瞳に一瞬驚き、綱吉は肩を竦める
そう言われれば、考えたことがないわけではない
きっとこんな感じだろう、あんな感じだろう…と昔はあれこれ甘酸っぱい想像をしたものだ
心当たりがあった綱吉を見て、骸はにこにこ笑っている
「一度は君だって考えてたでしょう?恋に憧れを抱いた」
そう言って、骸は手元にあった鉛筆を取る
「では、恋とは一体どんな状態を言うのか、どんな形なのか」
この鉛筆のように尖がっているのか、それとも丸いのか…
「…そんな、くだらないことを考えていたんですよ」
骸はふ、と口元を緩ませた
きょとん、と綱吉は骸の手元にある鉛筆を見つめる
そして唐突に、無性に、
「骸の恋は、どんな恋なの?」
――目の前の彼の思う"恋"が気になった
暗い過去を持ち、自分とも敵対していたこの少年が
想像し思い描く恋とは一体、どんなものなのか
そんな綱吉の思いを見抜いたのか、骸は微笑を浮かべたままゆっくりと、口を開いた
「そうですねぇ…僕の恋は直線的、ですかね」
「ちょ、直線的?」
意味が分からない、綱吉はそんな顔をする
すると、骸はクフフ、と独特の笑い声を零した
「そのままの意味ですよ。恋した人だけをずっと恋する…そんな感じです」
「ずっと、恋する…」
骸の言葉をそっくりオウム返しする
そして、綱吉はそのまま黙りこくってしまった
「綱吉君?」
骸の呼びかけに反応して綱吉は顔を上げる
赤と青の瞳がこちらを見つめる
一昔前まではこの瞳に見つめられるのが恐くて仕方がなかったのに…慣れとは恐ろしいものだ
今ではこの瞳に見つめられるのが嫌ではない
むしろ、もっと…と思うときがある
昔とは違う、温かさを含んだ眼差し
向けられるのは自分だけだと知っている。そして、それを知っているのも…
知っているからなお、離れたくない
ずっとずっと、彼の傍にいたい
「…オレも、直線的かも」
「は、」
「だって、骸だけがずっと、好きなんだもん」
驚いた表情。あ、珍しいな、と綱吉は思う
「ずっとずっと、この恋は骸につながっている気がする。真っ直ぐなんだ」
にっこり笑うと、目の前の彼は俯いていて、
「骸?」
と覗き込めば、微かに見えた頬には朱が走っていた
なんだか今日は、骸の見たことのない表情が見れた、と綱吉は心が温かくなる
そんな綱吉に、
「…綱吉君、」
「なに?」
ようやく声を発した骸は照れたように、小さく小さく呟いた
「僕も、ずっとずっと…君だけが好きです」
【直線的恋愛感情】