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日常風景、その延長線。

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 投げ出した四肢をそのままにぼんやりと天井の模様を追いかける。近くの小学校はもう休みに入っているのだろうか。ぱたぱたと走っていく子供たちの足音が幾つも重なって、歓声交じりにやわらかく響いていた。ああ、なんだか数日いないだけで随分と静かだな。なんて頭の端に流れた言葉に小さく、笑う声が零れ落ちた。
 同居人であり友人であり以下略、であるところの古泉がゼミ合宿に行くのだと少ない荷物をまとめていたのは僅かに数日前のことだ。相変わらず整理整頓があまり上手でない所為で旅行バッグに着替えだの何だのと詰め込んだのは最終的には俺の方で、帰りにちゃんと仕舞いきれるかなんてことの方がむしろ若干気がかりでもあるんだが。古泉が大学で何を勉強しているのかなんて聞きかじり以上の知識もない。それでも天文学が机上だけのものじゃないのなら、この地球上の然して遠くもない位置で眺めているのだろう星空を想像して目蓋を震わせるのも悪くはない。隣町の古いプラネタリウムに何度も何度も足を運んでいる古泉が部屋の中で語る星物語が、くるくると頭の中で繰り返される。ゆっくりと落ちていく太陽は季節ごとに色を替えて、何処か古い風景を染めていた。

 誰かの面倒を見るのは慣れている、と思うのは幼い頃からの習慣のような使命感のような、性分でしかない。そうでなければ続けるのが難しいだろうこの生活も、だから嫌いではないのだ。洗濯も料理も掃除も、きっと二人分も一人分も、狭い部屋ではそう変わりはしない。家にいる方がやる方が早い、と言えばまあ大学の課題の量だとか授業数の差から考えて自然と俺のほうに重心が傾くのは仕方がない。それに正直なところ、一人暮らしだったら面倒くさがってそこまでやらんだろうなんてことくらいは、自分でもわかっているわけさ。面倒を見られることに慣れていないみたいな古泉の世話を焼くのは性格とは違う俺自身のちょっとした心情に由来するものでしかないわけで。首根っこを掴むみたいに引き込んだ古泉が家の中でまるで猫か犬のように無防備に転がっているのに執着しているのは間違いなく俺の方なんだろう。
 空腹を訴える胃腸にのそのそと起き上がり、その辺のシャツを羽織ってから空になったグラスをシンクに置いて冷蔵庫を開ける。ゆっくりと落ちていく夕陽は次第に部屋の中から灯りを隠していく。数日で幾分か量を減らした冷蔵庫に、古泉が残していった小さな器だけがぽつりと目に付いた。ちゃんと食べてくださいね、なんて走り書きの付箋をラップから剥がして残り一つになった器をそのまま、レンジに突っ込んで適当な数字を押した。出かける前日に古泉が自分の用意もそこそこに、作っていった切干大根だのきんぴらだのがこのところの俺の主食なのだ。
 日曜のお父さん宜しく、休みになると風呂場だのキッチンだのを豪快に磨いている古泉は、せめてもと日々の洗い物を習慣にしているし、時折布団を干したり叩いたりなんてことに妙に気合いを入れる。だからと言って実際のところ、別に料理が出来ないわけでも洗濯物が畳めないなんてわけでもないのだ。本当のところ、俺がいないとあいつは何にも出来ないからな、なんてことも口に出したことはないし、たぶん、言える筈もない。複雑な背後関係から中学時代から家を出ていたという古泉の方が、俺よりも随分早くひとりきりの生活には馴染んでいるのは必然だ。必要に迫られて覚えたのだろうか、教え込まれたのだろうか。なんて、その辺りに深く追求したことはない。それでもやろうと思えば出来るし、唐突にキッチンに向かっていく背中を見ないわけではない。生活の内外にまで拘束される高校時代を抜け出した古泉の一人暮らしは、つまるところ大学に入った途端そんな頃とは比較にもならないくらいに眼に余る有様だったりしたというわけだが。まあ、自分のためには動かないという意味合いでは俺と古泉は何処か似ているのだろう。
 毎日三食をきっちり取るとかとりあえず掃除洗濯はするだとかいう俺の習慣は一人暮らしを始める前に母親に散々叩き込まれた所為だが、自分で毎日のようにきちんと料理までするようになったのは古泉が転がり込んできてからだ。そもそも俺が惣菜屋でアルバイトをしているのは一食浮かすためだったりしたわけで、別段周囲が思っているほどに初めから全部やっていたわけでもないのだ。軽く作る程度ならまあ今でも古泉の方が手際よくやれるもんだろう。なかなか金銭感覚ばかりは狂ったままで俺の基準まで落ちてこないが。
 慣れると一人分の用意が面倒だなんて、何処かの主婦みたいな感想を覚えるのを、もうとっくに知られている。一人になると途端に手抜きをするのやめて下さいよ、なんて最近では生意気にも俺のほうが説教めいたことを言われるようになる程度にはな。お前にだけは言われたくない、なんて文句を言ってみてもお互いさまなのだ。
 二人のときは大抵俺が作って、相手が一人家に残るときは出かける方が作っておく。だなんて何だか変な構図が、俺たちの多分、長続きの秘密だ。バランスがいいんだか悪いんだかは、まあよくわからないけどな。
 冷凍していたご飯を解凍してからきんぴら牛蒡を詰めておにぎりにする。古泉の味付けはなんでも少し濃い目で、そうして食べるほうが合うのだ。何でだろうか、酸っぱいか辛いかしょっぱいか、とにかくあと一つまみが余分なのだと言っても改善された試しはない。外食が多かったのか古泉家の味なのかそれとも単純な腕前の問題なのかは知らないが、俺の作るものに塩をふりかけるわけでもないしそれを食べているときのどろどろに幸せそうな面は嘘じゃないんだろうから味覚がおかしいわけでもないだろうに。まあ、最近ではあいつの作っているものを食べるなんてのは俺一人くらいなもんだから、然して気にしていないのかもしれないが。まあ十中八九、ああ見えて大雑把な作り方をする所為だろう。
 麦茶でも何でも水分があれば別段汁物を作らない俺の脇で時折狭いキッチンを分け合うこともある。お湯で割って作るやつだって最近は悪くないと思うんだがな、味噌汁がほしいだとか言って楽しそうに鍋を用意しているのだって目に慣れたもんだ。まあ、やっぱり古泉が作るその味は濃いんだが、わかめと豆腐と玉ねぎなんて実家ではあまりなかったような組み合わせもその味も、気付けば舌に馴染んでいる。
 この暑い中で口にする気はないのに、貰いものの惣菜と一緒に詰め込んだおにぎりに少しだけ、咽喉が渇いて震えた。

 夕陽が転がり落ちて、涼しくなった風が首筋を撫でる。
 こっちは蝉の鳴き声がしないと思ったのは来てすぐの夏だっただろうか。この季節がやってくるたびに思い出すのは永遠に終わらないかと思ったあの二週間のことくらいだ。もう随分と経っているというのに、今でも時折、瞼の裏に甦るのはきっとその残滓だろう。あの頃と今では立場が違うというのは俺と古泉の関係だけではなくて、宇宙人だとか未来人だとか超能力者たちを取り巻いていた環境すべてだ。
作品名:日常風景、その延長線。 作家名:繭木