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日常風景、その延長線。

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 二人でああでもないこうでもないと喧々諤々な勢いで進めるほどの時期でもないだろうに、妹と並んで茹でた素麺を少し遅い昼飯にするまで、気付けば数時間集中で宿題に向かっていた。なんて言っても別段それまで全く手が付いていなかったわけでもないので、単純に勉強会状態だったんだが。よくよく考えると昔からその辺の要領は良かったななんて、まったくもって誰に似たんだろうかね。
「そろそろいい風が出てきたわよ」
 パートから帰ってきた母親がまだ傾くには少し早い陽射しを伴って、子供たちだけの特権とばかりに利かせていたクーラーに眉根を寄せてから、閉めっぱなしにしていた窓を開け放った。肌を撫でるように吹き込んでくる風は懐かしい、何処か慣れたそれとは違う、土のにおいがした。

 実家を出て暮らしていても部屋はそのまま残されていたし、久々に寝たベッドはふかふかの太陽のにおいがした。しばらく離れるとありがたみがわかるわよなんて台詞はこんな時のためのものじゃないだろうに、それでもまたその一つだろう。玄関脇に置かれたままの自転車には昨日のうちに空気を入れておいた。坂道の多いこの町にはやっぱりこれがないとつらい。ちょっと遊んできなさいと掃除を始めた母親に追い出されて久々にこぎだした町内は、記憶のそれとは少しだけ様変わりしていた。知らない店が出来ていたり駅前の景色が変わっていたり、それでいて覚えのある場所にやっぱりまだ古めかしい建物が残っていたりする。
 別段目的があるわけでもなく自転車を走らせていると、いつのまに入り込んだのか、見慣れた通学路の文字が飛び込んでくる。お盆をすぎたこの時期ではほとんど使われていない駐輪場に自転車を突っ込んで歩き出した。
 あの頃は毎日歩いていたなんて今考えると冗談みたいな坂道だ。漸く暮れかけた陽射しが然程の威力を持っていないからいいんだが、朝からえっちらおっちらと登るまでの体力はまあ確実に残されてはいないだろう。途中にコンビニがあるわけでも休憩所があるわけでもなく、それは文字通りただのハイキングでしかない。それでも見知った風景はそこだけ、あまりにも変わりがなかった。じわじわと浮かんでくる汗も、身体を撫でるような風も、悪い気分ではないのだ。セミたちがあと僅かな時を惜しむみたいに派手に泣き喚いているそれだって何処か懐かしく耳に残った、
 歩いているだけで息は簡単に切れていく。誰もいない通学路をゆっくりと登って、辿り着いた校門の前で足を止める。部活動に勤しむ掛け声だけが少し先から聴こえて、振り返った先の景色に、微かに視界が滲んだ。

 これからどうするのだろうかと、問いかけてみても答えなどはない。
 料理だって洗濯だって別に元々できたわけじゃないし、そもそもうまいわけでもないのだ。レシピサイトだの動画だの何だのと見ながら料理を覚えるのも、リクエストをできるだけ聞いているのも、あいつの作る塩辛い料理を結局食べているのだって俺が選んだだけのことだ。言い訳も躊躇いもしないハルヒみたいな潔さは、俺にはまだ足りないんだが、それでも。流されるまま生きているようなふりをして何時でも選んでいるのは自分自身でしかないのだ。
 太陽と空と雲と、山と街並みと海が混ざり合って境界線で朱くとけていく。秋になるにはまだ随分と遠く、けれど確かに夏は少しずつ終わりに近付いている。
 ぼんやりと校門の前に立ち尽くしてもこのご時世なにを言われるかわからない。会いに行くような恩師やら後輩やらがいるわけでもないし、あの部室はもう違う姿をしているんだろう。早々に退散しようと坂道に足を向けて探ったポケットから携帯電話を取り出す。ああ、しまった、夕飯の時間に間に合わなかったら怒られそうだな。なんて思ったよりも遅い時間に立ち尽くした俺へかけられた声は少しだけ擦れた、甘い色をしていた。
 今でも俺の、名前を呼ぶやつは少ない。家族にしても友人にしても、高校時代からのあのあだ名が住処を変えてまで続くとは思っても見なかったもんだが。それでももう慣れているのかもしれない。甘ったるい声で俺の名を呼ぶやつなんて、この世にひとりいれば充分だ。

作品名:日常風景、その延長線。 作家名:繭木