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果てに落つ

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 東に頭の欠けた烏が啼き、西に凶ツ星が降る。
 東に鬼の咆哮在りて、西に日輪の子が嘲笑う。
 東の将は揺るぎない眼に決意を浮かべて西の怨鬼をひたと見据え、
 西の将は待ちわびた時に狂喜を浮かべて東の罪人に刃を向けた。






 ぬしは、しばしここに控え出陣せよ。
 決戦を目前にして大谷が示した場所は戦場の中では中央から外れた位置にあった。それを聞いた三成は、すぐさま牙を剥いて大谷へとぎらついた眼を向けた。
「どういうつもりだ、刑部!私はあの男の首を刈り、全身を細切れにしてやりたい……!今すぐにだ!」
「そう急くな。三成よ、ようく見遣れ」
 大谷はそう言って、眼前に広がる戦場を示した。
「ここがぬしの悲願の成就する場よ。……戦が始まれば、この場には数多の人間がひしめき合おうな。そしてそれらの半ばはあの男が集め、あの男を慕い、あの男のためならとこの場へ駆けつけた者たちよ……」
 その言葉に、三成の顔はみるみる憎悪を漲らせていった。
「赦さない……あの裏切り者につく者を赦しはしない。なぜだ、なぜ奴等はあの男につき、奴の犯した罪を咎めない……!」
 大谷は仰々しくそれに同意した。
「おお、そうよな。決して赦せぬ罪深き輩ばかりよ。……なァ三成、ぬしはあの時に誓ったろう」
 言いながら、大谷は不意に腕を伸ばして三成の頬に触れ、つうと眼の際までをなぞった。それはもはや大谷の癖のようなものでもあり、三成へと憎悪を吹き込む際に好んで使う仕草でもあった。
「彼奴の手足をもぎ、心を削ぎ落し、死を刻みつけて追い詰めてやろうと……」
 三成は当然のことだと言うように大谷を睨みあげた。
「三成、なればすぐに彼奴の首を獲るなどとツマラヌことを言うでない。手足をもぐようにしてな……彼奴の嘯く絆とやらを奪い尽くしてやるがよい。それこそが、あの男の澄ました顔を歪めて暗闇の底へと突き落す策よ」
 そのために直接家康を目指して駆けるのではなく、周囲を殲滅した上でそれを曝してやるが良い、と。
 悪魔の如き提案をした大谷へ、三成はしばし無言になった。何よりも早く、誰よりも先に、憎い男を八つ裂きにしたいという餓えた逡巡が見て取れる。大谷にもそれはわかっていた。
「……どうした、三成。これが最も彼奴を苦しめる策、それに間違いはない」
 しかし大谷は何としてもこの案を――三成を最前線ではない場所に置くという案を通したかった。だから大谷は初めて、自ら、三成へとそれを尋ねた。
「ぬしは、我を信じているのであろ……?」
 三成はその言葉を耳にすると、さらにきつく大谷を睨み据えた。
「……疑う余地はないと、何度言わせる」
 自らが引き摺りだした信頼に、大谷は眼を細めて幼子をあやすように告げる。
「そうであろう。……なればまずは彼奴の手足をもぐがよい……なァ、それが彼奴への制裁よ……」
 三成はしばし大谷の顔を見つめていたが、自分の言葉に背を押されたか、ようやく戦の配置に納得を示した。
 大谷は、気付かれぬほどに密かに安堵の息をつく。
 ―――それが最後の信頼となる可能性を、知っている。
 徳川が何を言おうが三成は聞く耳を持つまい。だが、一時にせよ同じ憎しみを抱いていたはずの鬼に対しては、三成は徳川へ対する程の憎悪を見せてはいなかった。無論、繰り返された裏切りに傷つき、その総てを徳川への呪詛へと変換させているのだとも承知している。
 だが、あの憎しみをどこへ棄てたのだと万が一にも三成が尋ねたならば、鬼は真実を告げるだろう。
 その言葉をそのまま鵜呑みにはするまいが、大谷は三成の疑いをかけらでも己に向けたくはなかった。
 どうしても。
「まったく、厄介な魚よな……」
 大谷は、すでに布陣を終えた毛利のいる方向を見据えて、同意を求めるように呟いた。
 三成の眼に映らぬうちに、西海の鬼は潰してしまわねばならない。





 天に燦然と輝く陽を月が覆い隠す。戦場に重い霧が立ち込めて、数多の兵が怯えを見せる。
 だがその恐れすら、彼らの掲げる将は容易く打ち払った。
 東の将は言う。恐れることはない、共に泰平の世を築くため進もうと。
 西の将は言う。退くことは許さない、忌むべき敵を滅するのだと。
 呼応する鬨の声が、戦の火蓋を切った。





 そして大谷は、事前に三成に告げた己の動き方とはまったく違う形で戦場を進み、怒りと憎悪に燃える鬼の前に姿を現した。
 その背後には徳川までもがいることを忌々しく思ったが、鬼が愚かにも「手を出すな」などと言っているのを知ってほくそ笑む。元親は、髪を逆立てるほどの怒気で全身を震わせた。
「大谷ィ…!もう逃げられねえぜ!」
「逃げたのはぬしであったはずだがな」
 しれっとして返す大谷へ、元親は怒りに染まった顔を向けた。大谷はその様子を見てニイと唇の端を引きあげる。直情的な人間は、どこを押せばどういう反応が返るかをあっさりと教えてくれる。冷静さを失えばそれだけ動きは単純化され、読みやすくもなるのだ。
「なぜ俺が東についてここに来たのか、わかってるな……?」
 恫喝の声音で問う元親に対して、大谷は変わらぬ対応をする。
「何のことやら見当もつかぬ、ケントウが」
 大谷は挑発を続けながら数珠を構えた。
「――あんたの撒いた餌は全部わかってんだよ!」
 そして鬼の振るった碇槍を防ぎながら、輿を駆った大谷は嘲笑う。
「そうであったか、それを早に言え」
「この、野郎……ッ!あんたも、毛利も……!他人を踏みつけて卑怯な真似ばっかりしやがって、俺は……、危うく家康を……!」
 叫びながら飛んできた槍を、複数固めた数珠で止める。穂先が当たれば珠も砕けようものを、巧みに珠同士の隙間へと穂先を潜らせて、大谷はにたりと頬を歪めた。
「おお、危ない、アブナイ。……そうよな、三成に同じ仇討ちをと言って、ずいぶんと絆してくれたものよなァ。……いっそあのまま、徳川の首を二人がかりで奪い合うてくれれば、こんな手間をかけずとも済んだものを!」
 争いながら互いを刺し合う二人の声は、後方で様子を窺う家康の耳にも届いた。
「刑部、お前という奴は……!」
 何も隠さずに開き直り、卑怯な謀略を何とも思わぬ様子の大谷に、家康は思わず苦渋の声をあげた。
 家康が知っている大谷は、豊臣の旗印の下、軍師が組んだ戦略をより細部にまで落とし込んで実行に移す冷徹な執行者だ。不幸を歓迎し、世に悪意を放つ姿を眼にしたことは幾度かあった。だが人を陥れる策略を無から生み出す悪しき奸智を、軍師の影に控えていた大谷はこうまで露骨には見せなかった。
「徳川。……ぬしが生きていてくれて、ほんに嬉しいことよ……!」
 これほどの悪意を持って見据えられたこともない。
 家康が豊臣の傘下に属していた頃、大谷は他よりも少しばかり三成を気にかけてはいたが、ただそれだけだった。
 自らが覇王を倒し、姿を消した後に、大谷と三成が交わした歪な信頼と情を家康が知るはずもない。その情け故に大谷がふつふつと身の内へ溜めていった、家康への濁った感情も理解できるはずはなかった。
 大谷は幾度目かの衝突を繰り返しながら鬼を眺め、この男さえ潰してしまえば、と思う。
作品名:果てに落つ 作家名:karo