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その冬

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家主をなくした長屋には大量の酒瓶と多少の食材、衣類などがある程度で、
襖、障子の破れがいくつか見られた他は、気負うほどのことはなかった。
ただし、その間に発掘された春画の類は、
薫が「没収!」の一言で道場に持ち帰り、火にくべてしまった。
「剣心だって見たかったんじゃねーの?」
と、弥彦が余計なことを口にしたが、遠慮するでござるよ、の一言で、
剣心もとりあわなかった。
そう言う弥彦とて別に春画がどうしても見たいというわけでもなし、
また、赤べこからの労働報酬もあることなので
興味を持ったらそのときに自分でどうにでもできる、と、淡々と思っていた。

翌日は特に何事もなく過ぎ、翌々日には稽古納めとなった。
道場で3人、神棚を拝して、今年の稽古は幕を下ろした。
「来年は新しい門下生にも来てほしいなあ」
誰にともなく薫が呟いた。
2人は特に何も言わなかった。

稽古を終えてから餅をつき、鏡餅ができたことで空気はいよいよ正月を感じさせる。
さすがの剣心もおせち料理の作り方までは知らなかったので、
数日前から妙のもとへと習いに通った。
大晦日には3人で手分けしておせち料理をこしらえた。
どうしても間に合わない品、手に負えない品については妙の厚意で分けてもらい、
使いに燕が走った。
蕎麦と雑煮もなんとか整い、除夜を迎えた。
祝いの酒を3人で酌み交わした。
と言っても、薫と弥彦は少量ですぐに酔ってしまうため、
あまり飲みすぎると夜を明かすことができない。
なるべく控えさせようと剣心は考えていたが、弥彦は杯を干しては次を要求し、
結局日が変わるのを待たずに寝てしまった。
「あーあ。弥彦、これで将来はしわくちゃの白髪だらけね。」
年相応の無邪気な寝顔を見せる弥彦の頬をつつきながら、薫が苦笑した。
「ま、楽しい酒だったし、そんなことは良いではござらんか。」
剣心が空の杯をとると、あ、私が、と、薫が酌をした。
冬の夜は静かに更けていく。
「あ、鐘。」
「撞きはじめたようでござるな。」
近くの寺院の鐘の音が聞こえる。
今頃、各地に散った仲間たちもこの音色を聞いているだろうか。
薫はそんなところに思いを馳せた。
「今年は長かったでござるなあ。」
珍しく剣心のほうから話題を振った。
「そうね。まだ昨年の今頃は剣心とも弥彦とも出会ってなかったのに。
いろんなことがあったからね。」
「そうでござるなあ。左之も、恵殿も蒼紫も、操殿も、
昨年の今頃はただの見知らぬ人でござった。
拙者がここに留まることがなかったら、今でもそうであったかもしれぬ。
そう思うと人の縁とはまことに面白いものではござらぬか。」
あ、と、剣心は苦笑いで付け足した。
「もっとも、薫殿にはそのために随分と難儀な目にも合わせてしまった。
すまぬで済むことではござらぬが、申し訳ないと思っているでござる。」
「そんなこと。」
薫は早口に呟いた。
「剣心と出会えて、良い年だったよ。」
剣心はそ知らぬ風であったが、己の頬が、知らず、赤らんでいくのを薫は感じていた。
「拙者も。」
剣心は穏やかだった。
「大変な1年ではござったが、あのとき薫殿に呼ばれなんだなら、
大変な1年ではなかったかもしれぬが、
こうして穏やかな年越しを迎えることもなかったでござろうからな。
薫殿にはいくら感謝してもし足りぬと思っているでござるよ。」
再び、杯を口元に運び、剣心は続けた。
「帰るところがあるというのは、良いものでござる。」
「そうね…。」
酌をしながら、ぽつりと薫が呟く。
「四乃森さんも、今頃そんな気持ちかしら。」
剣心の表情がやや翳る。
「どうでござるかな…。蒼紫にとっては、
葵屋という本来あるべき場所に帰れた年であったには違いないが、
4人の配下を失った年でもある。
観柳のような男に与していたことに端を発するとはいえ、
それまでに居た仲間たちを失ったのだ。
ただのんびりと年越しを待つ、という気分にはなれまいよ。」
でも、と、薫が言葉を継いだ。
「それでも、四乃森さんも、帰るところができたのだから…。」
「…そうでござるな。」
杯を干しつつ、剣心は同意した。
が、薫の心は重く沈んだ。
確かに、蒼紫の心情は、剣心ほどには穏やかなものではないかもしれない。
蒼紫だけでなく、葵屋の他の面々も。
直接会ったことはないが、操は亡くなった般若によくなついていたと聞いた。
いとしい人が帰ってきた想いと、いとしい人を失ってしまった想い。
今頃、操はそれを抱えているのかもしれない。
薫の手が止まってしまったので、剣心は自ら徳利に手を伸ばした。
再び、鐘の音が聞こえる。
「今、いくつめでござるかな。」
「そういえば、数えてなかったわ。」
落としていた視線を上げて、薫は剣心の表情をちらりと窺った。
先程の翳りは既に消えたように思える。
薫の心中を知ってか知らずか、再び剣心が口を開いた。
「恵殿は。」
言いさして、一度酒を口に含む。
「恵殿は、拙者と似たような心境であるかもしれぬなあ。
観柳の手を離れて、故郷の会津に帰って…。
残念ながらご家族はもう彼岸の方となられたが、
それでも会津は恵殿の帰るべき場所。
ふるさとの空気に触れる正月は、格別のものであるかもしれぬ。」
「ふるさと、かあ…。」
よくわからない、という体の薫を見て、剣心は笑った。
「薫殿には、この道場がふるさとでござろう?」
ああ、と、薫が呟く。
「そうよね。そうだわ。でも、離れたことがないもの。
剣心たちの感慨は、よくわからないわね。」
明るい口調になるように、気をつけながら答えた。
「わからずとも、薫殿は人の心を思いやれる。
拙者はそれで十分…と、思うでござるよ。」
それを言うなら剣心のほうこそ、と、思いはしたが、
そうかしら、と答えるにとどめた。
剣心は変わらず穏やかな口調で、そうでござるよ、と返した。
「薫殿の思いやりと、活人剣への真摯な姿勢、自信、それから弥彦。
今あるものを大事にすれば、いずれ道場もまた、
昔の賑わいを取り戻すでござるよ。」
「道場かあ。」
うーん、と、薫が眉根を寄せる。
「ホント、弥彦の稽古相手も足りないし、やっぱり何人か門弟がほしいわねえ。」
薫の口調が今度こそ作り物でない明るさを含んでいると感じて、
剣心は微笑を浮かべて杯を干した。
「もう何日もしないで、弥彦も出ていっちゃうのよね。」
「出て行くと言っても、道場には変わらず毎日通うわけだし、変わることはないよ。」
「うーん…でも…。」
剣心の杯に新たな酒を注ぎつつ、薫はこれからの日々のことをちらりと思いやった。
確かに道場にあっては何も変わるところなどない。
でも。
薫がまた口をつぐんでしまったので、剣心は微苦笑を浮かべ、壁にもたれた。
「鐘の音がよく響いているでござるなあ。」
一旦杯を床に置き、剣心が思いがけないことを言った。
「あの鐘の音、108回撞くというが、薫殿はその謂れを知っているでござるか?」
きょとんとした様子で薫は答える。
「謂れ、って、アレでしょ。人間の煩悩の数だけ撞くっていう…。」
「いかにもでござる。」
作品名:その冬 作家名:春田 賀子