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その冬

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再び杯を手に取ると、剣心は少しいたずらっぽい瞳をした。
「今日の薫殿を見ていると、確かに人間、108つくらい煩悩はあるかもしれぬ、
という気になるでござるよ。」
むっと薫は口を尖らせた。
「何よ。剣心にはないとでも、言うの?」
からからと剣心は笑った。
酒に酔ってきたのかもしれない。
「いや、拙者にもそのくらいはあろうが、
薫殿を見ているとそのように思うだけでござるよ。」
「もう!馬鹿にして!」
薫はふくれっ面で自分の杯を取り、一気にあおった。
「おろ。薫殿、飲みすぎではござらんか?
弥彦のように朝まで持たずに倒れるでござるよ。」
「大丈夫です!」
さっと薫は自分の杯を剣心の眼前に突きつけた。
「おかわり。」
「しようがないでござるなあ。」
笑いながら酒を注いでやる。
相変わらず鐘の音が鳴り響いている。
「弥彦…。」
ぐうぐうと寝入っている弥彦に視線を移し、薫は呟いた。
「…本当に、年が明けたら出て行っちゃうのね。」
そうでござるなあ、と剣心が同意した。
「まだ、10歳なのに。早すぎるんじゃないかしら。」
んー、と、剣心は再び杯を手に取る。
「弥彦なら、大丈夫でござるよ。道場での修業もまだ続く。
ただ居を別に移すだけのことでござる。
拙者が10歳(とお)の頃とて、
師匠の元にいたとはいえ身の回りのことは自分で致していたし。
弥彦はこの1年で剣を通してだいぶ大きくなった。
今の弥彦なら、薫殿が四六時中見ていなくても道を誤ることはあるまい。」
くっ、と、杯を干す剣心の瞳は本当に穏やかだった。
それに、と、剣心は続ける。
「薫殿もわかるでござろう?剣を交えれば、弥彦の心に邪心などないということが。」
「ま、まあ…。」
「それがわかるなら、弥彦の心が誤った方向に進もうとしたときにも、
わかるはずでござる。」
そうだろうか。
剣客として、自身の力量に薫はそこまで自信を持てない。
道場での修練において、または、防御の型であったり、
そういったところでまだまだ弥彦には未熟さが残る。
弥彦にはまだまだ指導が必要だ。
そしてそれを担っていくのは薫以外の誰でもない。
心技体の部分でもまだまだ弥彦は自身に及ばないと、薫も思っている。
だがしかし。
弥彦がさらに成長していった後、おそらく弥彦は剣客として、
薫の域を易々と越えていくだろう。
その頃に弥彦の心中を見極められる自信は薫にはなかった。
「自信がないでござるか?」
また、剣心がからかうような目つきをした。
心中を言い当てられて、一瞬、薫は言葉に詰まったが、
剣心は薫の返事を待たずに続けた。
「大丈夫でござるよ。弥彦が変わっていくように、薫殿も変わっていく。
剣客として、師として、成長していくでござる。
拙者は弟子を持ったことはないから大きなことを言うべきではないかもしれぬが
世の中とはそういうものであると、思うのでござるよ。」
確かにそうかもしれない。
師範代になる前と、なった後では心積もりも門弟たちとの接し方も変わった気がする。
薫の表情にちょっとした自信があふれてきたので、
剣心はゆっくりと徳利に手を伸ばした。
「ああ、私がやるわ。」
「すまんでござるな。」
酒を注ぎ、徳利を置く。
いつの間にか、鐘の音が聞こえなくなっていた。
「年が明けたようでござるな。」
あ、と、呟いてから、薫は居住まいを正した。
きっちりと剣心に向かって手をつく。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。」
剣心も杯を置いて、軽く居住まいを正して挨拶を返した。
「あけましておめでとうございます。今年も…ご厄介になるでござるよ。」
やわらかく微笑む剣心を見て、
薫は心の底からあたたかい何かが湧き上がるのを感じた。
今年も、剣心と一緒にいられる。
その一事が薫をしあわせにした。

作品名:その冬 作家名:春田 賀子