その冬
自室へと引き上げていく薫に対して、剣心はやはり、
なんという素振りも見せることはなかった。
2人きりの夕餉。
弥彦がいなくなった茶の間はやや広く感じられたが、
妙な雰囲気になることはなかった。
薫も剣心も口数は多くなかったが、会話は成り立っていたし、
剣心の作る食事はいつもどおり美味しかった。
「ご馳走様でした。」
「お粗末様でした。」
洗いものを剣心が引き受けてくれたので、薫はやはり自室に下がることにした。
弥彦がいた時分には居間で軽口をたたきあったりして眠気が来るのを待ったものだが、
今日からはそれがない。
洗いものを手伝おうかとも思ったが、なんとなく剣心の傍にいくことが躊躇われて、
やめておいた。
そんな、いつもどおりのようでいつもどおりでない薫を、
剣心はあたたかい気持ちで見ていた。
弥彦が寝静まった後、2人きりで話をすることも珍しくはなかったのだが、
今日の薫はおそらくそういう気持ちにはなれないのだろう。
18か。
奇しくも、それは巴が剣心の妻になったのと同じ年頃である。
あの頃、新妻は何を考えながら自分とともにあったのだろう。
巴が彼岸に去って15年。
もはや、知る由もない。
そしてそれ以上に、今の薫の心境も、剣心には量りがたい。
ただ、弥彦が突然家を去ったので不安定な状態であることだけはしかとわかった。
薫の気持ちが自分にあることは間違いない。
だが、それと妻になる覚悟はまた別のものなのだろう。
剣心はそのように理解していた。
かまどの火を落とし、食器の類を片付け、剣心は悠々と自室へ引き上げていった。
薫はその気配を全身を耳にして感じていたが、
剣心がこちらに来る様子がないとわかって人知れず安堵のため息を漏らした。