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その冬

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それから10日余りが過ぎて、
1月も後半に差し掛かる頃には薫も弥彦も新しい生活に慣れてきていた。
剣心と薫の間にこれといって進展がないこともわかってきて、弥彦はやや落胆した。
(薫のヤツ、あれだけ言ったのに…。)
意外と奥手なんだな、と、冷静に己が師範代を分析する。
弥彦が神谷道場に住まう前、どれだけの期間だったのか定かではないが、
薫は剣心と2人暮らしだったはずだ。
あれだけ色事に奥手な人間が、よくもまあ、見知らぬ男を家に住まわせたものである。
襲われるかもしれない、などとは考えなかったのだろうか。
まだ11歳の弥彦の思考はそこで止まる。
薫が先の1年で女性として大きく成長したのだ、
というところまでは考えが及ばなかった。
一方の30男にはそこまで見通せていたが、であればこそ、
手を出しにくい気持ちになった。
この数日、薫は夕餉の後に居間で火鉢にあたって茶を飲み、
剣心と談笑してから床に就くようになっていた。
妙な警戒感がなくなったのは喜ばしいが、
まだとても艶めいた雰囲気にまではなりそうにない。
弥彦がそれをじれったい気持ちで眺めているであろうことも想像がついたが、
とりあわない、と、思い決めている。
比べるのは双方に失礼に当たるとしてなるべく考えないようにしているが、
巴とて初めて臥所を共にしたときには相当緊張していた。
祝言という区切りをつけてさえそうなのだから、
まだなんの約定も交わしていない薫が息を詰めて日々を送るのは
無理のないことのように思えた。
本当に自分を受け入れてくれる日が来るのか。
正直なところ、自信は持てなかった。
が、ゆっくりと大人の女性に近づいていく薫を
ただ傍らで見つめていたい気持ちがある。
薫殿の歩調に合わせる。
自分が薫殿について来いと言っているのではなく、自分が薫殿について行くのだ。
そのゆっくりとした足取りを愉しもう。
剣心にはそう思える余裕はあった。

「よかったわ。弥彦、ちゃんとやっていけているみたいで。」
1月も末のある日の夕餉の後、薫はにこやかに剣心に話しかけた。
「心配していたのよ。
長屋に移ってから稽古が疎かになるんじゃないかとか、
変な連中に感化されないかとか。」
でも、と、薫が続ける。
「完全に杞憂だったみたいね。1人でやっていくのだという気持ちが強いからかしら?
以前より稽古に熱が入っているような気がするの。
剣心もそう思わない?」
「そうでござるな。」
剣心も穏やかに相槌を打った。
「最近また、剣が鋭くなった気がするでござるよ。弥彦も、薫殿も。」
「わたしも?」
薫は目を瞠った。
「ああ。どこか、頼もしくなられたような気がする。」
自分のことに話が及ぶとは思っていなかったので、薫は少なからず戸惑った。
「言ったでござろう?薫殿も師として成長していくと。
その端緒が見えた、そのような気がするのでござるよ。」
「うーん…自分ではよくわからないのだけれど…。」
「でも、弥彦と稽古をしていて、何らかの手ごたえを感じるのではござらんか?」
「それは、そうねえ。その通りだわ。」
剣心は薫ではなく、どこか遠くを見つめる素振りをした。
「弥彦が成長しようともがいているでござるからな。
周りの者も、刺激を受ける。
拙者もでござるよ。」
「剣心が?」
薫は驚いてまた目を瞠った。
剣心は道場にいても基本的には見ているだけで、竹刀を手に取ったりはしない。
道場での稽古の後で弥彦相手に竹刀を持つこともないではないが、
最近ではそういったことはなかったような気がする。
「弥彦のように剣が上達する、というわけではござらんが…。
気が締まる。
身体の内に溜まった淀みのようなものが、
弥彦と薫殿の気に触れているだけでスッと消えていく。
調子が良いのでござろうな。」
少し考えてから薫は尋ねた。
「剣を振るいたいと、思う?」
剣心もまた、少し考えてから答えた。
「それは剣客でござるからなあ…。
鍛錬を積むのは趣味のようなもの。
剣は生涯振るいたいと思い続けるでござろうな。
だがそれはかつて拙者が振るった殺人剣ではなく、償いや人を助けるための剣。
弥彦のような純粋に強くなりたいという気持ちとは、ちと違うでござるな。」
難しいでござるか、と、独り言めいた調子で薫に問いかける。
いいえ、と、薫は答えた。
「それが、剣心の剣客としての在り方であって、覚悟なのよね。」
ふっと剣心が笑みを漏らした。
「ちと、格好をつけすぎな気が致すが。」
つられて、薫も微笑んだ。
「そんなことないわよ。」
それに、と、薫はつけ足した。
「弥彦だって、もう、一丁前にそういう覚悟は持っていると思うわ。」
「そうでござるな。」
もともと、父母と自身の誇りを守れるように強くなりたい、
と言って、弥彦は剣術を始めた。
だがそれはいつしか、
もっと多くの人々の誇りを、平穏な暮らしを守りたいという想いに
昇華されてきた気がする。
そう考えると、自分の覚悟とは何か。
薫は自問せずにはいられない。
剣客として、どのように生きたいか。
だが、薫は答えを見出せなかった。
薫は気づいていた。
今の自分は、剣客として生きようと思うより強く、
剣心の支えとなって生きていきたいと願っている。
弥彦の腕前が薫をはるかに凌駕するようになればいずれ、
神谷道場における剣の稽古も弥彦が主体となるだろう。
…門下生が増えれば、ではあるが。
自分は弥彦に、そして新たに集った門弟たちに活人剣の理を、
人を守り活かす剣の精神を伝えていけばそれで良い。
剣客としての自分は、それで良い。
それよりも。
ずっとそばで支えていたいと願うこの赤髪の剣客。
彼の支えになることをこそ、追っていかねばならない。
「冷えるでござるな。」
剣心の声に、薫ははっとして思考を中断させた。
「そろそろ今日は休むと致そう。」
「ま、待って!」
薫は自分の挙動にびっくりした。
立ち上がりかけた剣心の袖を引いていた。
「ご、ご免なさい!」
慌てて手を放す薫に、剣心はやさしく笑みを返した。
「なんでござるかな?」
「あ、いや…。」
何故自分が彼を引き止めたのか、薫にもよくわからなかった。
どぎまぎとうつむいてしまった薫を見て、剣心はもう一度座りなおした。
「もう少し、話そうか…。」
やさしい声に、かあっと薫の頬が熱くなる。
今、剣心は自分を見ている。
そう思うと余計にはずかしくなって、薫はさらに下を向いた。
話そうか、とは言ったものの、剣心も黙っている。
木枯らしが木々や戸板を揺らす音がやけに大きく聞こえる。
剣心は黙ったまま、火箸で火鉢をかき回した。
炭が赤々と光っている。
なんだか急に緊張してしまった薫を見て、剣心は心の中で苦笑した。
だが、薫が引きとめたのだ。
もう少し、そばにいたほうが良いだろう。
「薫殿、茶をもう1杯、いかがかな?」
「あ、うん。ありがとう…。」
ホッとした表情で薫が同意した。
一度立ち上がり、炉の上の鉄瓶から急須に湯を注ぐ。
茶が蒸れるのを待ち、急須から2つの湯呑みへ。
こぽこぽという湯を注ぐ音が室内にこだまする。
「どうぞでござる。」
「ありがとう。」
作品名:その冬 作家名:春田 賀子