その冬
もう一度礼を言い、薫は湯呑みを受け取った。
一口すする。
「あったかい。」
薫が安堵の表情を浮かべるのを見て、剣心も微笑んだ。
「ねえ、剣心。」
「ん?」
間があった。
なんとなく呼びかけたものの、またしても何故呼びかけたのか、
薫はわからなくなってしまっていた。
「なんでもない。」
「気になるでござるよ。」
剣心は笑っていた。
その笑顔を見て、何故呼びかけたのか、薫は理解した。
(私、剣心と、ずっとこうしていたい。)
不思議と、頬は上気しなかった。
そのかわり、瞳がうるむのを感じた。
それは美しい表情だった。
(この女(ひと)は、これで自覚がないのだから、困ったものでござる。)
湯呑みを置くと、自然と、剣心の左の腕が薫の肩に伸びた。
ゆっくりと、肩を抱く。
薫は嫌がらなかった。
両の手で湯呑みを握り締めたまま、剣心にもたれた。
肩を寄せ合い、冬の音を聞く。
2人の距離がこれほど近づいたのは、昨年5月の別れの日以来のことだ。
あのとき、手放したくないと思った力強い腕が、ぬくもりが、今、ここにある。
あのとき、これを最後と思った細い肩が、ぬくもりが、今、ここにある。
お互いの呼吸が、近い。
剣心の右手が薫の頬に触れる。
ゆっくりと近づいてくる剣心の顔。
やさしい瞳。
薫はそろそろと、まぶたを伏せた。
くちびるに、ぬくもりが与えられる。
それは本当につかの間のことだったが、薫には長い時間に思われた。
剣心はすぐに、だがゆっくりと、くちびるを離した。
剣心の気配が遠ざかっていく。
薫はゆるゆると目を開けた。
剣心と目が合うと、剣心ははにかんだような表情をしていた。
薫も自然に笑みをこぼした。
そっと、剣心が身体を離していく。
ぬくもりが遠ざかるのが残念だったが、薫は魅入られたように、動けないでいた。
やや間があってから、剣心はにっこりと口を開いた。
「おやすみ、薫殿。」
「…おやすみなさい、剣心…。」
剣心は火の始末をしたり、少しの間屋内を動き回っていたが、
一通りのことが済むと静かに自室へと戻っていった。
薫はというと、暫くの間、その場を動けないでいた。
はっと気がついて自室に引き上げたのは剣心の気配が去ってからだいぶ後のことだった。