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その冬

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2月。
寒い日が続いていた。
雪が降ることも多かったが、東京の雪はせいぜい3寸ばかりまでしか積もらない。
神谷道場の面々が雪に困る場面はさほどなかった。
赤べこの仕事の合間に、弥彦が燕を道場に誘って雪遊びに興じたりしていたが、
内気でおとなしい燕が雪うさぎや雪だるまを作りたがるのに対して
弥彦は雪合戦などを要求し、相手をしきれなくなった燕が
薫に泣きつくこともしばしばだった。
とはいえ、お互いに相手の気持ちを思いやる心を持っているのだろう、
燕が雪合戦を頭から嫌がることもなかったし、
弥彦が雪うさぎを燕のためにこしらえることもあった。
剣心と薫はまだまだ幼い2人をやさしいまなざしで見守っていた。
泥だらけの雪だるまを見つめながら、薫はぼんやりと自分の恋に思いを馳せた。
1月の末のあの日以来、剣心はときに薫のくちびるを求めるようになっていた。
なんとなく談笑をしていると、いつしか肩を抱かれ、くちづけを交わしている。
そんなとき、剣心の瞳はやさしいが、その奥に熱っぽい何かが籠もっている。
今までほとんど目にしたことがなかった、剣心の「男」を感じさせる視線だった。
その視線を浴びることを、薫は決して嫌っていなかった。
むしろ、望んでいる気がした。
「剣心!薫!」
弥彦の声に、薫ははっと顔を上げた。
「じゃあ俺たちは赤べこに行くから!また明日な!」
「薫さん、剣心さん、お邪魔しました。」
しとやかに燕が会釈をする。
「ああ、また明日な。燕殿も、風邪など召されぬように。」
「燕ちゃん、またね。弥彦、明日もしごくからね。」
「応!」
幼い2人を見送ると、剣心はさて、と、立ち上がった。
「拙者は夕餉の支度をするでござるか。」
「うん。」
剣心の後姿を見送って、1人になっても、薫はまだぼんやりと庭を眺めていた。
はじめてくちづけを交わした夜は、なかなか寝付かれなかった。
ただ、夢のようだった。
今では、くちづけを交わしたら、それはおやすみなさいの合図になっている。
剣心の腕に包まれて、くちびるにぬくもりを与えられると、
安心して眠りにつくことができる。
不思議だった。
わずかな時間でそのように変わった自分が不思議だった。
いつか―。
いつか、剣心の腕の中で眠る日が来るのだろうか。
それはとても安心して眠れる気がする。
でも。
また顔が熱くなってくるのを感じる。
契るということに関しては、薫はまだ想像したくなかった。
想像できなかった。
考えるだけで頭が破裂しそうになる。
はしたない。
若い娘がこんなことを考えているなんて、とてもはしたない気がする。
自分を戒めながら、薫は自室に下がった。

その夜も、剣心は薫を抱きすくめた。
熱情を押し殺すように、力をこめすぎないように、なるべくやさしく。
それでも薫の鼓動が早くなるのを感じた。
細い肩。
細い首。
薫のにおい。
きっと今、薫はほんのりと頬を赤らめて、うっすらと瞳をうるませているのだろう。
その様子を早く見たい気もするが、もう少しこの姿勢で薫のぬくもりを感じていたい。
そろり、と、右手を浮かせて、薫の黒髪を手に取る。
しっとりとやわらかい手触りが剣心を楽しませた。
―長い。
今日の剣心はなかなか身体を離そうとしない。
常と異なる展開に、少なからず薫は戸惑った。
「…剣心…。何か、あった?」
おそるおそる、薫は問いかけてみた。
剣心はそのままの姿勢でさらりと答えた。
「何もないでござるよ。」
ただ、と付け足した。
「薫殿はあたたかい、と、思っているでござる。」
やはり、口を開くべきではなかったか。
少々、薫は後悔した。
「け、剣心も、あったかい、よ。」
途切れ途切れに、そう口にする。
ふっと剣心が微笑む気配がした。
腕に力がこもった。
あ、と薫が小さく声を漏らす。
剣心がふいに力を抜いて、身体を離した。
「ご免ご免、苦しかったでござるか。」
「ううん…。」
やはり、薫の瞳はうるんでいた。
気づいているだろうか、薫は。
無言で、くちづけをねだっている、今の自分に。
しかし、今日の剣心の瞳からは、あの熱が消えてしまっていた。
身を寄せ合う前には、確かにあったのに。
何故だろう。
薫の瞳に不安の影が揺らぐ。
剣心はそれを見逃さなかったが、とった行動はくちづけではなかった。
すっと立ち上がり、薫の頭をぽんぽん、と、2回、軽くたたいた。
「もう遅い。今日は休むでござるよ。」
微笑を残して立ち去る剣心に、薫は全身の力が抜けていくのを感じた。

それから暫くの間、剣心が薫にくちづけを残す夜はこなかった。
薫は気づいた。
いつの間にか、剣心のくちづけを期待して待っている己の心のうちに。
自分の女の部分が声をあげて剣心を呼んでいる。
そう認めざるをえなかった。
あさましい、はずかしい、はしたない心だという思いはある。
だが、それも自分のひとつの姿なのだと認めることにした。
そうしないと剣に迷いが出る。
そしてそれはきっと、剣心にも弥彦にも伝わってしまう。
道場主としての薫が自身に平静を強いた。
一方で剣心も薫に触れたいという思いはあった。
何が剣心を止めているのか。
一人の少女を、女にする。
そのことに小さな畏れがあるのは確かだった。
早くこの腕に抱きたい、薫を自分のものにしてしまいたい、
その欲望の処し方に剣心が長けているわけではなかったが…。
この世で最も大切に思う女(ひと)を傷つけるようなことはしたくない。
その思いがはやる心をなだめていた。

その日は朝から冷たい風が吹き荒れ、雲が湧き、夕方には雨が降り出した。
この冬最後の冷え込みとなるだろうか。
とにかく寒い。
火鉢の炭が消えないように火箸でかき混ぜながら、薫は不安げな視線を窓に送った。
格子窓がガタガタと揺れている。
雨音も激しさを増すばかりで、まさか家屋敷が潰れることはないだろうと思いつつも
漠然とした不安が薫の胸中を覆っていた。
(剣心の部屋、大丈夫かしら。)
もう夜も遅い。
あの修羅の時代を生き抜いた剣客なら、
このくらいの天候はものともせずすでに休んでいるだろうが…。
そっと夜具から抜け出して、音もなく襖を引き開ける。
廊下を静かに歩いて、剣心の部屋へと向かった。
廊下の板戸は雨に打たれて激しい音をたてていた。
一体自分は何をしているのだろう。
自分より一回りも上の大の男の、何が心配だというのだろう。
しかもこんな夜半に…。
しかし神谷家はそこまで広くない。
逡巡するうちにもう、目的の部屋の前にたどり着いてしまった。
襖を引き開けるべきかどうか。
とりあえず声をかけてみようか。
でももう寝ていたら?
やはり引き返そうかと踵を返しかけたとき、室内から声がした。
「薫殿?」
人が近づいてくる気配があって、襖がすらと引き開けられる。
「あ…。」
「いかがしたでござるか?」
そこには常と変わらない剣心の穏やかな顔が、あった。
慌てて薫は片手を顔の前で振った。
「う、ううん。なんでもないの!ただ、風、強いから、大丈夫かな?って!」
かあっと頬が熱くなるのを感じたが、この暗がりなら見えることはないだろう。
実際、剣心は意に介さぬ様子だった。
作品名:その冬 作家名:春田 賀子