ぐらにる 眠り姫8
少年兵から、ソレスタルビーイングに確保されてマイスターになったから、普通の少年が
することを全部すっ飛ばして成長してしまったからだ。
「ロックオンがいい。」
「はあ? 」
「ロックオンが欲しい。」
「俺、組織の備品じゃないから、無理。それに、一個しかないしな。・・そういう可愛い
ことを言ってると頭から食うぞ? 」
「食えばいいんだ。どうして、何もしない? 」
きょとんとした瞳で、素直にそう言われて苦笑した。なんだか、傷の舐めあいになりそ
うで、それだけは避けていた。以前、刹那が、「そういう経験はしたから。」 と、誘っ
てきたことがあった。だが、それとは違うだろうと、俺は断った。何も判らない子供だっ
たから、大人にいいようにされた経験と、ひとつになりたいという気持ちは別物だと、わ
かるようになるまでしないことにした。
「わかってない子供にすることじゃない。」
「わかってる。」
「嘘をつけ。」
「あんたに何かしたフラッグを殺したいくらい憎いと思うぐらいには、わかってる。」
真剣に殺気を漲らせた刹那が俺を睨んだ。
「あの噂も知ってるのか? 」
「ああ。」
「でも、たぶん、噂だけだ。やってたら、俺の心臓が止まってたらしいからな。生きてる
からやられてないってことだ。」
「それでも、ロックオンを二年も隠していたあいつは許せない。絶対に次に殺す。」
本気だと刹那の雄弁な瞳は語っている。俺を隠した相手を憎んでいるのだ。だが、その
感情で戦場に出たら、俺の二の舞だ。
「刹那、聞いてくれ。アリー・アル・サーチェスと対峙した俺は、今のおまえと一緒だっ
た。ただ家族の復讐をしたいことを優先した。・・・・だから、死んだんだ。戦場では冷
静になれ。そうでないと、勝てないぞ。」
「そうだ。あんたは死ぬつもりだった。・・・あんな無茶をして生きているのは奇跡だ。
俺は、あんたにとって、それほど価値はないのか? 俺を残して、俺が悲しむとか思わな
かったのか? 」
「正直、思わなかった。・・・おまえのためにも、あの男だけは殺したかった。・・・あ
のな、刹那。俺らは、いつ捨石になるかわからない存在だ。俺もおまえも、いつ死ぬかな
んてわからない。そのことで未練だと思うのは、俺はとうに止めたんだ。」
そういう世界に身を投じている。死ぬのが怖くない、とは思わない。だが、年寄りにな
るまで生きていられることはないと感じている。相手が巨大だということは、先の戦闘で
身を持って知ったことだ。物量作戦に出られたら、四人しかいないマイスターでは、抵抗
するのは難しい。そうなったら、エンジンだけ切り離して、ガンダムを爆破しても機密は
守られることになるだろう。その判断は、スメラギの役目だ。
「それなら、なおのことだっっ。」
「刹那。」
「触れてみたいと思わないのか? 」
「思うさ。・・・ここだけの話な。心疾患の手術を受けていたら、あの噂は真実になった
。だが、バカになってた俺は、それだけは承知しなかったんだ。どうしても、何かがひっ
かかってな。・・・やっと、先頃、思い出したのさ。たぶん、あの頭痛は、おまえのこと
だったんだろうってな。それぐらいには思ってるよ。」
刹那にだけは正直に答えた。無意識に感じていた刹那の存在で、俺は、あの先を拒んだ
。グラハムが嫌いだったわけではない。むしろ好意はあったと思う。それでも、刹那のほ
うが想いは強かったのだと思う。
「ごめんな。いろいろと心配させて悲しませて。でも、覚悟はしておけ。」
「わかってる。だから。」
「情緒のないお誘いだけど、まあ、いいか。今夜な。」
その夜、俺は刹那を抱いた。それで何かが変わったわけではないが、完全に『眠り姫』
は殺したと確信できた。
・・・・『眠り姫』 二度と起きるな。俺は、おまえだけどおまえじゃない・・・・・
目的の前に、グラハムは立ち塞がるだろう。それを叩き伏せることに抵抗はない。本来
の俺たちの関係は、敵対するものだ。あの優しい関係は、『眠り姫』だから築かれたもの
だ。
感謝はしている。あそこで手を差し伸べてくれたから、俺は生きているのだろう。不思
議なことばかり言う彼は、ある意味、純粋なのだとも思う。
経験という記憶のない本質部分だけの俺を愛しいという彼は、それに憧れているのかも
しれない。そんな人間はいないというのに。『眠り姫』は、彼の心に響いた。
・・・・ごめんな、やっぱり、俺は、こちらの人間だ。あんたが言うような人間ではない
んだ・・・
突然に消えて探してくれただろう。感謝の言葉を送るつもりはない。愛しさと憎悪を同
一だという彼に、愛しさしか与えなかった『眠り姫』は、半分死んでいたから、それがで
きた。
・・・世界が、そんなふうに半分ずつ死ねば、戦争もなくなるかもしれないな・・・
愚かなことを考えて、俺は、横に眠っている刹那を眺める。
デートの最中、刹那が離れた隙に、郵便ポストに手紙を投函した。
あれから一年が過ぎた。結局、眠り姫の消息は知れない。組織に連れ去られる前に、発
信機も爆薬も取り外されたことだけは確認できた。だが、消されたのか、それとも記憶が
戻ったのかはわからない。
おそらく消されたのだろうと、ビリーと判断した。壊れていたとしても、いつか記憶を
取り戻す可能性のある眠り姫を放置するリスクは高いからだ。
さほど残っていない眠り姫の私物は、そのままにしていた。とはいっても衣服と書籍が
少々というところだ。わずか二年とはいえ、一緒に生活していたというのに、それだけし
かないのが、少し悲しい気分だ。まあ、眠り姫は八割は壊れていたので、まともな会話を
したことのほうが少ない。
そんな私の許へ送り主に見覚えのない封書が一通届いた。封書というのが珍しいので、
危険物の検査だけは受けてから手元で開いた。
たった一通の便箋に一行の文字の羅列。
その文字を目で追って、それから、笑いがこみ上げた。
「『眠り姫』は二度と目覚めない。今度は殺しに来い。俺は緑だ。」
その言葉の並びに懐かしさを感じた。まともな時の眠り姫の言い方そのものだった。
「生きていたのか、『眠り姫』いや、ガンダムマイスターに戻ったということか。」
ガンダムの色を尋ねたことがあった。だから、わざと色まで教えてくれたのだろう。そ
の言葉に含まれているのは、憎しみではない。おそらくは、『眠り姫』ならではの感謝と
決別の言葉だ。
あれは幻想ではない。半分死んでいたから、マイスターではなかったのだ。だが、幻想
のように甘く穏やかなものではあった。どれほど、あの存在に癒されただろう。
・・・きみは記憶を取り戻した。私に、今度は憎しみも与えるという。光栄だよ、眠り姫
。きみから与えられるものは、どれでも歓喜するものばかりだ。・・・・・・
限界を超える技量を発揮させてくれるだろう、あの戦いは、私も待ち望むものだ。それ
が、眠り姫からだというなら、これほど楽しいことはない。