【けいおん!続編!!】 水の螺旋!!! (第一章・衝撃)
『赤い鳥』。大学に店を構えるこぢんまりとした喫茶店だ。学内にある店であるため、普通の喫茶店よりは値段は安め。ただし、それでも普通の学食よりは値は張るし料理の量も少なめのためか、客の入りは比較的少ない。その分落ち着けるという理由から、固定客は割といるらしく、教職員と学生が常に半々ぐらいの割合でいるといった店である。
秋山 澪と琴吹 紬はこの店の窓際の席に座っていた。
ふたりは、運ばれてきたミルクティーをすすった。
「うーん、おいしい」
紬につづいて、澪は少し声をひそめて云った。
「でも、ムギの持ってきてくれてたお茶のほうが、ずっと美味しいよ」
「そう?じゃあ、またみんなで集まった時に、持ってきましょうか」
天使のような柔らかな笑顔でムギは云った。
澪はN女子大の法学部、ムギは芸術学部に所属している。ふたつの学部は、向かい合わせに各々の棟が建っているので、ふたりはばったり顔を合わすことも度々あった。とはいえ、キャンパスが広いのと学生の数が多いのとで、頻度はそれほど高くはないが。まぁそれでも、授業終わりにはみんなで顔を合わせるのだから、何ら問題はない。
見れば、澪が少し険しい表情をしているのが、ムギは気になった。
「どうかしたの、澪ちゃん?ちょっと深刻そうな顔しているけど…」
澪は一瞬、呆気にとられたような顔になった。
「あ、ごめん。そんなつもりなかったんだけど…」
「どうしたの?よかったら、話してみて」
「う、うん。実は、学内で人の悪口ばっかり云い合ってる連中が気になって」
「ああ。たまにいるわよね。同じ学年の人とか、先生の悪口を延々云ってる人。私も最初は気になったわ。最近は、もう気にしないようにしてるけど」
「うん。気にしなきゃいいってだけの話なんだけどさ。どうしても腹が立って。ダメだよな、入学して一年も経つのに」
「ううん。それって、澪ちゃんがとても優しいからだと思う」
「そうかな…」
澪は少しうつむいて、顔を少しの間両手で隠すようにして拭った。そして、思いだしたように云った。
「唯は、、、大丈夫かな?」
「唯ちゃん?」
「うん。こう云っちゃ何だけど、唯ってああいう連中に、一番目をつけられやすいような気がする。あ、もちろん唯に悪いところがあるって云いたいんじゃないぞ。何というか、連中ってああいう個性があって目立つ人を標的にしたがるからさ」
「そうね。でも、唯ちゃんならきっと大丈夫よ。そんな噂話なんて、気にしないわ」
ムギはつとめて明るい声を出して云った。澪はそんなムギの言葉に安心した。
「そうだ、な…」
4
細胞分子遺伝学概論の講義が終わった。今回の講義は、『我々の身体に寄生する遺伝子』と題して、ウイルスやトランスポゾン、ミトコンドリアなどの概説であった。
先生の話によると、ウイルスと通常の細菌は実はまったく違う。ウイルスは生物であると考えられがちだが、実はその表現は正しくなく、本来は生物と無生物の境界に位置する物体なのだそうだ。というのも、生物の基本原則は、『遺伝情報をもち、自身で子孫を残すことができる』ということなのだが、ウイルスは遺伝情報を持っているにもかかわらず、自分自身では子孫を作ることができない。そのためにウイルスは別の生物の細胞に感染して、その細胞のゲノム上に自身のDNAを埋め込むことで、その細胞に自身のコピーを作らせるのだという。唯自身もこれまでは、細菌とウイルスはほぼ同義だと思っていたが、実際には性質もその感染経路・発病までのプロセスもまったく違うものであることを初めて知った。
トランスポゾンとは、DNA上を自由に飛び回る能力をもったDNAのことで、場合によっては細胞間や種間をまたいで行き交うこともあるらしい。つまり、そういう意味ではウイルスもトランスポゾンの一種と考えることもできる。
また、ミトコンドリアは高校生物でも細胞内小器官として馴染みのある名前だが、これも実はかつては別の小さな単細胞生物で、それをより大きな単細胞生物が捕食したが、その小さな生物はどういうわけか消化されずにその大きな生物の中に居座ってしまった名残であるという。たまたま、捕食されたその小さな生物は、酸素を使ってエネルギーを作り出すことができる能力を持っており、それによって、その大きな生物は酸素を自身の生存に必須なエネルギーを産生するための主要ファクターとして使うことができるようになった。それが我々の細胞にも存在する、ミトコンドリアのできた背景だというのだ。それが証拠に、ミトコンドリアは細胞の核の中に含まれている染色体DNAとは違う、独自のDNAをもっている。
同じような例として、緑色植物に含まれる葉緑体が挙げられるそうだ。葉緑体も、もとはシアノバクテリアと呼ばれる単細胞生物がより大きな単細胞生物に飲みこまれ、最終的に細胞内小器官としてはたらくようになったのだという。
このような話を1時間半ずっと聞いていたのだが、それにしても、、、
「むずかしすぎだよォ~~~」
気の抜けるような声とともに、唯は机の上に突っ伏した。
ふと、かすかにクスクスという笑い声がした。声の方を振り返ると、同じ学科の女子4人が、こちらをみながらニヤニヤ笑っている。
「ん?どうしたの?」
唯は彼女たちに聞いてみた。すると、笑っている顔を隠すように目を背けたのが2人、相変わらず好奇な目を向けているのが1人、そして、残りのひとりが、
「別に、何でもないよ」
といって、彼女たちは講義室を出て行った。廊下から笑い声に混じった話し声が聞こえてくる。
私を笑っていたのかな?と唯は思った。あのような態度をとられることは、一年の頃からあった。最初は自分が笑われているなどとは思わず、あれ、どうしたのかな?というぐらいだったが、それが一年も続けば、自分を笑ってたのだといやでも気づく。
当然、いい気はしない。かといって、向こうに腹を立てるのも、意味のないことと思えた。いつか、分かってくれるだろう。彼女はそんな風に考えて、一瞬ムッとしかけたその気持ちを、勉強に向けることにした。先ほどの講義で分からなかったところは山ほどある。講義中にとったノートを見直して、少しでも分からないところを減らそうと考えた。
みんなが出て行ってひとりだけになった講義室の中で、唯は大学ノートを開いた。そしたら、思わぬミスに気がついた。開いた頁のとある行。書いていた文字がだんだんミミズのようになり、最後は文字とも見えない線になって、ノートの端まで続いている。どうやら、知らぬうちに、またうとうときてしまっていたらしい。また、別の行を見れば、教壇のほうを見ながらノートをとっていたせいだろう、ノートの同じ行に字を二重に書き込んでしまっていて、何を書いているのかさっぱり分からない。
「ありゃ、やっちゃった」
唯は思わず、苦笑いを浮かべた。これじゃ、笑われてもしょうがないや…。
そこへ、携帯が振動を始めた。誰かから、メールが来たらしい。見てみると、妹の憂からだった。
西門の前で、平沢 憂と中野 梓は唯を待っていた。
作品名:【けいおん!続編!!】 水の螺旋!!! (第一章・衝撃) 作家名:竹中 友一